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第十一話 等活部隊

「んじゃ改めてね、アタシ、菅野かんの蔡羅さいら。〈絞殺ゲノム〉はお祖母ちゃんの。お祖母ちゃん、同棲してたDV男をベルトで絞め殺したの。すごいでしょ」


 泣き腫らしたようなメイクの若い女は、眞咲まさきの目を不自然なほど見つめながらそう名乗った。


 遺伝子研内の宿泊部屋で一夜を過ごした後、眞咲は地下四階にある待合室のような部屋に通された。数組の長椅子とテーブルの他、装飾というものが全くないこの部屋には、〈絞殺ゲノム〉菅野蔡羅と、〈刺殺ゲノム〉の少年、〈撲殺ゲノム〉の青年、あとは見知らぬ若い男性と、白髪の老人がいた。


 彼らは全員、上下同じ灰色の上衣とズボンを着ている。それはまさしく、ドキュメンタリー番組などで目にする囚人服のようだった。


「元気ないね、いばら課長になんか言われた?」


「……いえ、別に」


 生気のない顔で眞咲が言うと、蔡羅さいらは訳知り顔で、

「まあ言い方がキッツいよねあの人。顔は可愛いのにさ。知ってる? 課長あれで三十三歳らしいよ。微妙に反応に困る歳だよね」


 そんなことを言われてもそれこそ反応に困る。


「はい、じゃ次〈刺殺〉くん。自己紹介して」

 と蔡羅は、長椅子で手の爪を磨いている金髪メッシュの少年を振り返った。


 少年は爪を磨くというよりも尖った形に削り上げながら、妙に老けた掠れ声で、

「……もうてめーが紹介してんじゃねーか。〈刺殺〉だよ」


「ふーん、だったらちゃんと全部紹介してあげちゃおっかな。えっと、百年近く昔に連続殺人事件を起こした犯人の子孫の縁戚で、確か本名は、み……」


少年はテーブルを蹴って大きな音を出し、右手の人差し指と中指を立てて見せた。


「指二本ありゃあ、てめーの十二指腸ぐらい抉り出せんだぞ」


 蔡羅は肩をすくめて、

「あの子、自分の名前呼ばれるのも人の名前呼ぶのも嫌いみたいなの。ま、お望み通り〈刺殺〉って呼んであげて」


 続いて部屋の隅の椅子に力なく腰かけている筋骨隆々の青年を指し示し、

「で、あの人が小峰こみね久秀ひさひでさん。一か月に一回ぐらいしか口開かないから私が言うね。確か学生をリンチして撲殺しちゃった人の曾孫で、五年この隊にいるベテランさん。小峰さーん、新人さんに挨拶してあげてー」


「…………」


 小峰は緩慢に頭をもたげ、虚ろな目を微妙に下げて会釈した。


「じゃあ次は俺から」

 と、若い男性が眞咲に右手を差し出し、形式的な笑顔を向けた。引き締まった身体に骨の張った顔、切れ長の目は意志の強さを感じさせる。


間宮まみや圭史けいしだ。一応等活とうかつ部隊の隊長ということになっているが、俺は陸上自衛隊から出向という形でこの隊にいる」


 眞咲が遠慮がちにその手を握ると、間宮は力強く握り返した。


「作戦時には俺の他にも数人の隊員が同行し、君らを後方からサポートする形になる。よろしく頼む」


 蔡羅が口を挟む。

「とか言ってるけどね、本当はアタシらのこと見張ってんのよ。アタシらが作戦中に逃げようとしたり、何か怪しい行動取ったりしたら、後ろから撃ち殺すつもりなの」


「はっはっは」

 間宮は抑揚のない笑い声を上げた。


「ほらそうやってさー。陸自ってのもホントなんだか」


「本当さ。俺の親父も自衛官でな。まあ親父の跡を継がされたみたいなもんだ。親父が生み出した〈銃殺ゲノム〉もな」


「だーからさ、なんで専守防衛の自衛隊員が〈銃殺ゲノム〉なんか持ってんのって。そのお父さんは一体どこの誰を銃殺してたっての」


「はっはっは」


 蔡羅はため息をつく。

「まあいいや、じゃ最後は……ねえおじいちゃーん!」


 蔡羅はひと際大声を上げ、長椅子に座っている白髪の老人を呼んだ。


 老人は耳にイヤホンを付け、タブレット端末を顔から離れた位置に掲げている。映っているのはテレビのワイドショー番組のようだ。蔡羅の声に反応する様子はない。


〈刺殺〉の少年が顔を向けずによく通る声で叫ぶ。


「おいじーさん‼ 例の新人だ‼ 今の内に挨拶しとかねーと、次があるか分かんねーぞ‼」


「え、え」


 老人は呻き声のようなものを出し、タブレットを置いてイヤホンを外し、せかせかと眞咲に近寄った。そして眞咲の顔も見ずに何度も頭を下げ、

「え、え。お世話になっております。佐久間さくま幸太郎こうたろうと申しますです。え、え。よろしくご指導なさってやってくださいませ。え、え」


「い、いえそんな……葉島眞咲と言います。こちらこそ、よろしくお願いします……」


 眞咲は慌てて挨拶を返したが、佐久間は相槌なのか何なのか「え、え」と何度も繰り返すのみだった。


「はい、ありがとーねおじいちゃん。あっちでテレビ見てていーよ」


 蔡羅は佐久間の背を優しく撫でてそう言った。佐久間は言われるがままに長椅子に戻り、蔡羅はそれを見届けてから眞咲に耳打ちした。


「おじいちゃんね、唯一生き残った創設メンバーなんだって。でも何のゲノムなのか教えてくんないの。作戦中もずっと課長と一緒にトラックに籠ってるし」


 そして蔡羅はまとめるように手を叩き、

「ま、こんなもんかな。あと医療担当の廣澤ひろさわさんとか、間宮さんの部下さん達とかいるけどね。とにかくこれから頑張ってね。〈斬殺〉は君が初めてだから」


 間宮がそれに異を唱える。

「いや、一人いただろ。ヤクザの孫だか曾孫だか、初日で突っ込んで死んだ奴が」


「えー? ……あ、そういやいたねそんなの。よかったね。今日一日生き残ったら君が〈斬殺〉部門の記録保持者になれるよ」


 眞咲は俯いて両手を握り締め、肩を震わせた。


 と、ここで微かな振動音が鳴る。間宮が携帯を取り出して画面を見ながら、

「課長殿の指令だ。分倍橋ぶばいばし警察署で武装集団による襲撃。勾留中のイノセンティストの解放を狙ったものと思われる」


「っしゃあああ――っ‼ 作業時間だ‼」


〈刺殺〉が飛び上がり、手指をうねうね動かしながら、

「今日は靭帯の気分だな……! へへっ、あのプチプチ千切れる感触がたまんねぇ……!」


そう言って一目散に部屋を出て行った。


蔡羅が伸びをしながら、

「ふあ~ぁ……例の人達かなぁ。あの酔っちゃってる感じの……」


「『神の子供達』、だろうな。あんな動画を投稿したくらいだ。大規模なアクションを起こしてもおかしくはない」

 間宮は下を向いている眞咲に目をやり、

「葉島、初日で緊張もするだろうが、しっかりな。与えられた仕事をきっちりこなせば……」


「これは……罰だって言うんですか……‼」


 眞咲は全身を震わせて言った。


間宮が目を見張る。小峰が幽鬼のような顔で眞咲を見る。佐久間老人はいつの間にか音もなく部屋を出て行ってしまっていた。


「どうしてこんなことが受け入れられるんですか‼ 自分が犯した罪じゃないのに‼ 遺伝子を継いでるってだけなのに‼ 先祖が犯した罪を勝手に背負わされて……罪人みたいに扱われて……殺し合いをさせられるなんて‼ どうして、どうして僕がこんなこと……‼ ちゃんとした理由があるんなら教えてください‼」


 間宮は眞咲の肩に手を置き、諭すように呟いた。


「一言じゃ、言えない」


「言えるでしょ」


 菅野蔡羅はドアの取っ手を掴み、振り向いて言った。


 泣き腫らしたようなメイクで、笑いながら。


「遺伝子ガチャに負けたのよ」



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