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第十六話 優良と劣等

 しずは都営バスの中でもバス停から歩いている間も、眞咲まさきの肩を抱くように寄り添っていてくれた。そのひとときは、眞咲の気持ちをかなり楽にしてくれた。


「大丈夫……学校の皆は何も知らない……。私は、眞咲が何をしたって、どんなことがあったって、ずっと側にいるからね……」


 静は事あるごとにそう言ってくれた。


 道中、眞咲は自分があの後何をしたのか、何があったのか知っているのかと訊いた。すると静は、医務官の廣澤ひろさわから大体のことは教えてもらった、と答えた。 


――なぜ廣澤がそんなことを静に教えるのか引っかかるものはあったが、そんな疑問は一年一組のドアを開けた時に吹っ飛んでしまった。


「葉島君‼」


 クラスのほぼ全員――と言っても十人未満だが――が、一目散に眞咲のもとに駆け寄ってきた。真っ先に来たのは、歯に衣着せぬ物言いの女子、高村たかむら涼音すずね


葉島はしまオメー大丈夫なのか⁉ あの時怪我して遺伝子研で入院してたって聞いて、めちゃめちゃ心配したぞオメー‼」


「うん……大丈夫だよ。怪我はもう、すっかり……」


 眞咲はいつものように無理してでも笑顔を見せようとしたが、さすがに今回はできなかった。


「委員長も大丈夫か⁉ ったくオメーら、いくら夫婦だからって二人そろって怪我しなくてもいいじゃねーか……」


「あ、あはは……そうね、心配かけてごめん……」


 静は笑って言った。静だって辛いだろうに、やっぱり強いんだな、と眞咲は思った。


 次々質問を飛ばしてくるクラスメイトに対応しながら、眞咲は足りない顔があることに気付いた。


 首を伸ばして生徒達の頭越しに見ると、奥平おくだいら悠馬ゆうま水戸みと咲綾さあやがそれぞれ別の場所で眞咲に複雑な視線を向けていた。


 どうしたんだろう、と考えているとそこに担任の木戸井きどい教諭が入って来て歓迎はさらに厚くなり、二人に質問する機会はなくなってしまった。


 ―――― ◇ ――――


 普通の授業、普通の休み時間、クラスメイトとの普通の会話が、これほど心身を落ち着けてくれるとは思わなかった。


 こうしていると、遺伝子研での出来事や警察署での殺戮、そして父親の自殺などが夢だったかのように思えてくる。いっそ本当にこのままどこかへ逃げ隠れてしまおうかと何度も思った。しかしそんなことをしてもろくな結果にならないだろうということも十分わかっていた。


「……葉島、ちょっといいか?」


 昼休み、食堂で昼食を済ませた後で眞咲は奥平に呼びかけられた。


「え、うん、もちろん」


 奥平は深刻な顔で、

「話したいことがあるんだ。屋上に一緒に来てくれないか」

 と言った。


 眞咲はもちろん承諾し、二人連れだって屋上へ向かった。


 屋上に出た奥平は、フェンスに指をかけ、眞咲に背を向けたまま言った。


「おめでとさん、葉島」


「え……何が?」


「遺伝子検査の結果に決まってるだろ。……ああ、そういやお前の携帯壊されたんだってな。……今日の朝結果が出て、みんなの携帯に届いてるはずだ。で、お前は優良。あと委員長も。ま、当然だけどな」


「……ああ……」

 すっかり忘れていた。あの日は襲撃がある前に一応検査は終わっていたのだった。


「でも、どうして奥平君がそれを?」


「知らないのか? 優良だった奴の遺伝子情報は色んな企業に拡散されるんだよ。結婚斡旋所とか、企業の採用担当とかに。見ようと思えば誰でも見れるんだよ、優良遺伝子の奴のは……。で、取り合いが始まると」


「え、じゃあ……」

 僕がマーダーゲノムだってことも? と一瞬ヒヤリとしたが、奥平の言い方からはそうとは思えない。遺伝子研としてもそこは隠してくれるのだろうか。


 奥平はため息をつき、

「そしてー、俺は劣等。劣等も劣等。スーパー劣等……。ちくしょう、これからどうやって生きてけってんだよ……。お前はいいよな。これから人生バラ色だぜ……」


「…………」

 正直な所、不愉快だった。優良だの劣等だの、それがどうしたというんだ。殺人者の罪を着せられて殺し合いをさせられるよりよっぽどいいじゃないか。


「父ちゃんと母ちゃんに謝られちまったよ。悪い遺伝子を継がせてゴメンって。……ったくよぉ、謝るくらいなら手術でも何でもして、良い遺伝子に産んでくれってんだよ……」


 ご両親は君を正常な遺伝子に産んで育ててくれたじゃないか。もっと感謝したらどうなんだ。


「あーあ、もういっそ飛び降りちまおっかなー。こんな遺伝子じゃ生きてたってしょうがねぇもんなー。どうせ一生彼女なんてできねーだろうしなー」


 僕はそれすらもできないんだぞ。そんなくだらない理由で死にたがるな。


 奥平は振り向き、卑屈な笑みを浮かべた。

「なあ葉島。俺が劣等でも、お前は友達でいてくれるよな……。そんでさぁ、お前と委員長の間に子供が出来たらさぁ、でそれがもし女の子だったらさぁ、……な? 分かるだろ? せめて子供には優良になって欲しいんだよ……そしたらほら、俺の劣等も帳消しになるじゃん……」


 限界だった。眞咲は踵を返し、階段の方に歩いた。


「何だよ……もう劣等なんかとは付き合わねぇってか⁉ さすが優良様だな! そうやって周りを見下しながらバラ色の人生歩んでいくんだろうな! みぃ~んなからちやほやされて、女にモテまくって子供産みまくって、将来は首相にでもなるんだろうな‼」


 頭の痛くなる罵倒を振り切るように早足で屋上を突っ切り、階段を降りていく。


 踊り場に降り立ったところで、階段を上ってきていた水戸咲綾とぶつかりそうになった。


「あ……ごめん」


 横をすり抜けようとしたが、咲綾に呼び止められた。


「葉島君……話したいことがあって」


「……ごめん、今はちょっと」


 そう言って背を向けようとすると、強い力で袖口を掴まれた。


「大事な話。……私の一生に関わる」



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