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第二十四話 獄刀葉桜舞うところ


 眞咲まさきが『葉桜』を一さし舞わせるたびに、一つかあるいは複数の命が消えてゆく。


 ある時は相手が銃を構える暇も与えず斬り捨てた。


 またある時は小峰こみねがハンマーで飛ばした瓦礫に隠れて突進し、瓦礫ごと敵を一刀両断した。


 他の全隊員が正面から応戦している隙に別方面から回り込み、背後を襲って撫で斬りにした。


 あるいは逆に眞咲が正面からプレッシャーを与えている隙に、他の隊員が後背を衝いた。


 廃ビルの上へ上へと昇るにつれて、三十人以上の敵が肉塊や壁の染みとなって斃れた。


「よし、あそこだ」

 間宮まみやは曲がり角の陰から、廊下の先の豪奢な扉を睨みながら言った。

「みんな無事か?」


「いや無事も何もよ……」

〈刺殺〉はもはや呆れ返った顔で眞咲を見るのみだった。


 その眞咲は返り血を浴びた笑顔で、

「突入するしかなさそうですね。また僕が斬り込みましょうか」


「いや待て。窓から不意打ちできないかどうか、一度課長に……っておい! 小峰!」


 間宮は慌てた。小峰久秀ひさひでが声も上げずにハンマーを振りかぶり、扉へ向かって突進したからだ。


「……テンション上がっちゃったのかな」

 後ろで蔡羅さいらが呟いた。


 眞咲は床を蹴り、小峰の後を追った。小峰は走る勢いそのまま、木製の扉の前で身体を大きく捻った。鋼鉄のハンマーが振りかぶられ、唸りを上げて扉に接近する。眞咲はその下をかいくぐるように姿勢を低くし、『葉桜』の柄を握る。


 凄まじい大音が轟き、扉が粉々に吹っ飛ぶ。破片が枯葉のように振り落ちるスローな光景の中、眞咲は即座に室内の人数を見た。


 ――五人。


 そして跳躍。姿勢を低くしたまま左端の男の足元へ。男は突然の出来事に驚愕したままだ。


 抜き打ちで斬った。


 血が噴き出るよりも速く右へ踏み込んで袈裟斬り。二人目が死ぬ。


 その死体を踏み越えるように跳んで三人目の脳天を唐竹割り。


 四人目は明らかに眞咲を見ていた。しかしその恐怖の表情のまま、眉間を一突きにされる。


 最後の一人はもはや戦意を失くし、床に這いつくばって人斬りの顔を見上げるのみ。


「……ぁ」

 その男が何か言葉を発する前に、眞咲は喉を掻き斬った。


 そして破壊された扉の前に立つ小峰に向かって、血みどろの笑顔を向けた。


「…………」


 小峰は窪んだ眼窩の奥から何かしらの感情がこもった目で眞咲を見つめ返した。その後ろから〈刺殺〉、蔡羅、間宮とその部下達が続々と顔を出した。


「あのな、小峰、葉島……」


 間宮が眉間に皴を寄せて二人の名を呼ぶと、一人は無表情を、もう一人は笑顔を返した。


「……まあ後にしよう。それより……」


「はい。二人とも中にはいませんでした」

 と眞咲は後を継いだ。


『神の子供達』リーダーのアーヴィング・バラシュと、象徴的戦闘員と目されるクララ・プロシュタヌ。両名いずれも部屋にはいなかった。今あるのは死体と豪奢なデスクと電源の入っていないPCだけだ。


「あいつ、逃げやがったのか?」


〈刺殺〉の疑問に、無線のいばらが答えた。


『いや、探知中にそのビルから出た者は……待て』

 荊は言葉を区切った。別の相手と通信をしているらしく、明らかに焦燥した声で言った。

『まずい……情報処理隊と警察から緊急報告があった。付近の二か所の建物に敵を探知。一つは宇田川町の改装中のビル、もう一つは道玄坂二丁目のデパートだ……!」


 蔡羅が目を丸くして、

「ちょっと、デパートってあのでかいトコのでしょ⁉ じゃあ……!」


『ああ、警察への通報からも、多数の民間人が人質に取られていると思われる……』

 空気が一気に張り詰める。


「Buna, monstri」


 突然、PCから外国語が聞こえ、全員の耳目を集めた。


 真っ暗だった画面が明るくなり、不敵な笑みを浮かべる学者風の男性が映し出された。背景の部屋やデスクはまるっきり西洋風だ。


「こいつ、そうか……! 最初から日本に来ちゃいなかったのか……!」

 間宮が悔しそうに言った。

「日本に来てたなんてハッタリだ……! こいつ自身はジニタリアから一歩も出ちゃいなかったんだ……!」


 バラシュはジニタリア語で話し始めた。荊が無線ですぐさま『自動翻訳ソフトを起動する』と言った。するとイヤホンからバラシュの声を元に合成された日本語音声が流れる。


『――私がそんな国に足を踏み入れると思っていたのかね? 異形でひしめく穢れた地などに、この私が。とんでもないことだ』


 間宮が机に片手を置いて画面を睨む。

「何が目的だ! こんなテロがお前達の望みか!」


 相手側も翻訳ソフトを使用しているらしく、即座に返事が返ってくる。

『テロとは心外だ。我々は最小限の犠牲で日本人の目を覚まさせるべく努力しているのだ。神に与えられた生命の尊さ。それを改変することの愚かしさを、自らの身体の痛みをもって思い出してもらいたいだけなのだよ』


「馬鹿馬鹿しい。典型的なテロリストの言い分だ」


 バラシュは下を向いて首を振った。

『マーダーゲノムよ。異形に使役されし猟犬よ。君達の飼い主を今一度よく見てみたらどうだ。君達がそうまでして守る価値が、あの連中にあるかね? 自分への苦難からは全力で逃れておきながら、他人の苦難は放置するばかりか冷笑を浴びせ――』


「もういいっておっさん」

〈刺殺〉が口を挟んだ

「そんな説教でどうこうされるくれぇなら端からこんなことやってねぇんだよ。巻きでやってくれ巻きで。神は最高で日本人は馬鹿であんたらは偉い、と。ほら終わったぞ。で? どこで手下暴れさせてんのかさっさと言ってくれや。ちゃちゃっと殺しに行くからよ」


 バラシュは声を立てて笑った。

『哀れな子供だな。頽廃ここに極まれりだ。まったく面白い』


〈刺殺〉はせせら笑った。

「見下す対象を見つけちゃってご満悦だな? ポピュリスト崩れの哀れなおっさんよ」


 バラシュの笑みが一瞬にして拭い去られる。

『……教えてやっても良かったのだが気が変わった。せいぜい鼻を利かせて探すんだな。ああそれと、君――』

 と、バラシュは眞咲に顔を向けた。

『君だけは我らが騎士が相手をさせてもらう。ローニンの凶刃が騎士の聖剣の前に倒れ伏す様を、世界中が見たがっているのでな』


 眞咲は透き通った笑顔で言う。

「遠慮します。僕は人前に出ると緊張してしまうので」


 バラシュは皴深い笑みを浮かべた。

『心配するな。幼馴染が側にいてくれる』


 画面が変化した。バラシュの映像が左側に寄り、右側に静止画像が表示される。そこに映っていたのは渋谷の街中を歩くクララ・プロシュタヌと、彼女に手を引かれて不安げにこちらを振り返っている女子高校生。


 楢原ならはらしずが、クララに連れ去られようとしている場面が写っていた。


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