「ぐッ……!」
熱が肌を焦がし、大気を震わす轟音と衝撃が何度も、点々と移動しながら連続で響いた後、間宮は耳鳴りと土煙の中で目を開けた。
ここからではビルの正面がどうなったのか見えない。間宮は隊員達を振り返る。誰もが怪物に出くわしたかのように青い顔をしていた。
「……行くぞ」
間宮は隊員達を促し、先陣を切った。サブマシンガンを油断なく構えながらビルに近づく。角を曲がり、ビルの正面へ。柱の向こう側、赤黒い炎の着弾点に到達した間宮達は、その光景を見て絶句した。
縁が溶岩のように赤く焼けた大穴が壁に空き、そしてその下に――
クララ・プロシュタヌが座り込んで硬直していた。
右手はだらりと下がっているが、左手はレイピアを握ったまま。ただし剣身は根元から蒸発して無くなっている。身体のあちこちに火傷があり、髪からは煙が出ている。目は見開かれ、視線は正面を見据えたまま動かず、半開きになった口が震えていた。
「……生きてる。一応な」
間宮はそう言って銃口を下ろした。
〈刺殺〉が信じられないという目でクララを見つめ、独り言のように言った。
「あいつ……抗っ、た……のか?」
微妙なところだ。と間宮は思った。
確かに
「見て……」
眞咲が
「ぁ……あ……」
クララが声を漏らし、激しく震えだした。
ビルの灯りが眞咲の顔を照らす。血と打撲痕に汚れたその顔は――当然のように笑顔だった。
しかし、何かが違う――とクララを除いた全員が思った。言葉では説明できないが、数時間前とは明らかに違う何かが、眞咲の笑顔には表れていた。
「静を、お願いします……」
眞咲はそう言って静の身体を柱にもたれさせた。
蔡羅がすぐさまその傍に屈みこむ。
「この娘、どうしたの……?」
眞咲は無言で間宮に何かを差し出してきた。間宮が手の中に受け取ったのは、五発装填の小型回転式拳銃だった。
「何があった……⁉」
間宮が問い質すと、眞咲は哀し気な笑顔で、
「……VGS手術に、抗ったんです」
「ああ……⁉」
〈刺殺〉が驚きの声を上げた。
眞咲は唖然とする一同に向かって頭を下げた。
「静を、お願いします……」
再度そう言った眞咲は背を向け、夜の闇へと足を踏み出す。
「おい、葉島……? どこ行くんだ!」
間宮の呼びかけにも答えず、眞咲は歩いていく。鞘から出る黒い煙が尾を引いていた。
その時、間宮達は横合いから何かのライトに照らされた。顔を向けると、一見して民間人の男が、携帯のカメラを向けながら歩いて来ていた。
「あ、へへ、ども……今配信してんすけど、なんか、なんか喋ってくださいよ……」
間宮は眉をひそめた。その男以外にも、建物や路地の陰から続々と人が現れ、間宮達を遠巻きに見つめたり、携帯のカメラを向けたり、互いに話し合ったりしている。
「みみ、見たさっきの……⁉ ブワって、ブワーって……!」
「あいつら……あんな兵器まで持ってんのか……! すげーじゃん! 最強じゃん!」
「あの外国人もぶっ殺してくれたみたいだし……! いい人達よきっと! 殺人者だけど!」
「だから最初から言ってたんですよ。マーダーゲノムだからって差別するのはよくないと。彼らは命懸けで国を守ってくれたんだ!」
人ごみと騒ぎ声は大きくなり、まばらな拍手まで聞こえてきた。
「地獄……」
蔡羅がぼそりと言った。
その時、
「自分に関係のない殺戮は最高のショー。人間ってのはいつもそうさ」
闇と人ごみの中で目立つ白衣の姿。
「ましてこの人達は殺戮の現場を見てない。何より敵は『死んでもいい人間達』だからね」
「……どこ行ってやがったんだ、〈毒殺〉」
〈刺殺〉が目を鋭くして言った。
間宮は手の中の拳銃に目をやり、柱にもたれている静を見、次いで廣澤の顔を見た。
「廣澤……! お前……‼」
大股で近づき、胸倉を掴み上げた。廣澤は苦しそうな息を漏らしながらも笑みを崩さない。
「〈殺人
「何……?」
「もし存在するとしたら……この世の人間は大なり小なり、みんなマーダーゲノムだ」
群衆の囃し立てる声と拍手の音が、依然として鳴り響いている。
「ところで、彼女……早く救急措置をしてあげないとまずいと思うよ」
廣澤は静に目を落として言った。
「もっとも、そこらの病院には診せない方がいい……何しろVGS手術に抗えた例は皆無なんだ。下手な病院に運んだら何をされるか……」
間宮は舌打ちして廣澤を突き放した。
そして生き残った四人の〈銃殺ゲノム〉達に命じる。
「クララ・プロシュタヌを拘束しろ。警察が来るまで誰も近づけるな」
続いてイヤホンを押して無線連絡。
「司令トラックをこっちに回せ! 急げ‼」
「ねえ、課長は……?」
蔡羅が不安げに言った。
間宮は無線のスイッチを再度押すが、
「まだ連絡がつかない……」
すると廣澤が、静の脈を診ながら言った。
「課長は遺伝子研にいるよ。きっと待ってるんだ。葉島眞咲が来るのをね」
「廣澤……! お前、何を知ってる……!」
「知ってるというより察したんだよ。僕が知ってると言えるのは……あの二人の関係だけさ」