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第三十四話 地獄を去る者

「ぐッ……!」


 間宮まみやは腕で顔を覆い、足を踏ん張り、凄まじいエネルギーの放出に全力で耐えなければならなかった。


 熱が肌を焦がし、大気を震わす轟音と衝撃が何度も、点々と移動しながら連続で響いた後、間宮は耳鳴りと土煙の中で目を開けた。


 ここからではビルの正面がどうなったのか見えない。間宮は隊員達を振り返る。誰もが怪物に出くわしたかのように青い顔をしていた。


「……行くぞ」

 間宮は隊員達を促し、先陣を切った。サブマシンガンを油断なく構えながらビルに近づく。角を曲がり、ビルの正面へ。柱の向こう側、赤黒い炎の着弾点に到達した間宮達は、その光景を見て絶句した。


 縁が溶岩のように赤く焼けた大穴が壁に空き、そしてその下に――


 クララ・プロシュタヌが座り込んで硬直していた。


 右手はだらりと下がっているが、左手はレイピアを握ったまま。ただし剣身は根元から蒸発して無くなっている。身体のあちこちに火傷があり、髪からは煙が出ている。目は見開かれ、視線は正面を見据えたまま動かず、半開きになった口が震えていた。


「……生きてる。一応な」

 間宮はそう言って銃口を下ろした。


〈刺殺〉が信じられないという目でクララを見つめ、独り言のように言った。

「あいつ……抗っ、た……のか?」


 微妙なところだ。と間宮は思った。

 確かに眞咲まさきは自分を殺そうしている相手を殺さなかった。しかしそれはクララとの力の差があまりにも開いていたせいかもしれない。こいつがどれほど襲ってこようが、自分の生存は揺るがない、とゲノムが判断したのかもしれないのだ。


「見て……」

 蔡羅さいらが交差点の方を指して言った。


 眞咲がしずを両手に抱えて歩いて来る。プラズマブレードは鞘に納まっているが、その排気孔からは絶えずどす黒い煙が噴き出していた。


「ぁ……あ……」

 クララが声を漏らし、激しく震えだした。


 ビルの灯りが眞咲の顔を照らす。血と打撲痕に汚れたその顔は――当然のように笑顔だった。


 しかし、何かが違う――とクララを除いた全員が思った。言葉では説明できないが、数時間前とは明らかに違う何かが、眞咲の笑顔には表れていた。


「静を、お願いします……」

 眞咲はそう言って静の身体を柱にもたれさせた。


 蔡羅がすぐさまその傍に屈みこむ。

「この娘、どうしたの……?」


 眞咲は無言で間宮に何かを差し出してきた。間宮が手の中に受け取ったのは、五発装填の小型回転式拳銃だった。


「何があった……⁉」

 間宮が問い質すと、眞咲は哀し気な笑顔で、

「……VGS手術に、抗ったんです」


「ああ……⁉」

〈刺殺〉が驚きの声を上げた。


 眞咲は唖然とする一同に向かって頭を下げた。

「静を、お願いします……」


 再度そう言った眞咲は背を向け、夜の闇へと足を踏み出す。


「おい、葉島……? どこ行くんだ!」


 間宮の呼びかけにも答えず、眞咲は歩いていく。鞘から出る黒い煙が尾を引いていた。


 その時、間宮達は横合いから何かのライトに照らされた。顔を向けると、一見して民間人の男が、携帯のカメラを向けながら歩いて来ていた。


「あ、へへ、ども……今配信してんすけど、なんか、なんか喋ってくださいよ……」


 間宮は眉をひそめた。その男以外にも、建物や路地の陰から続々と人が現れ、間宮達を遠巻きに見つめたり、携帯のカメラを向けたり、互いに話し合ったりしている。


「みみ、見たさっきの……⁉ ブワって、ブワーって……!」


「あいつら……あんな兵器まで持ってんのか……! すげーじゃん! 最強じゃん!」


「あの外国人もぶっ殺してくれたみたいだし……! いい人達よきっと! 殺人者だけど!」


「だから最初から言ってたんですよ。マーダーゲノムだからって差別するのはよくないと。彼らは命懸けで国を守ってくれたんだ!」


 人ごみと騒ぎ声は大きくなり、まばらな拍手まで聞こえてきた。


「地獄……」

 蔡羅がぼそりと言った。


 その時、

「自分に関係のない殺戮は最高のショー。人間ってのはいつもそうさ」


 闇と人ごみの中で目立つ白衣の姿。廣澤ひろさわは快活に笑いながら間宮の前に現れた。


「ましてこの人達は殺戮の現場を見てない。何より敵は『死んでもいい人間達』だからね」


「……どこ行ってやがったんだ、〈毒殺〉」


〈刺殺〉が目を鋭くして言った。


 間宮は手の中の拳銃に目をやり、柱にもたれている静を見、次いで廣澤の顔を見た。


「廣澤……! お前……‼」


 大股で近づき、胸倉を掴み上げた。廣澤は苦しそうな息を漏らしながらも笑みを崩さない。


「〈殺人教唆きょうさゲノム〉ってのは……存在すると思うかい?」


「何……?」


「もし存在するとしたら……この世の人間は大なり小なり、みんなマーダーゲノムだ」


 群衆の囃し立てる声と拍手の音が、依然として鳴り響いている。


「ところで、彼女……早く救急措置をしてあげないとまずいと思うよ」

 廣澤は静に目を落として言った。

「もっとも、そこらの病院には診せない方がいい……何しろVGS手術に抗えた例は皆無なんだ。下手な病院に運んだら何をされるか……」


 間宮は舌打ちして廣澤を突き放した。


 そして生き残った四人の〈銃殺ゲノム〉達に命じる。

「クララ・プロシュタヌを拘束しろ。警察が来るまで誰も近づけるな」


 続いてイヤホンを押して無線連絡。

「司令トラックをこっちに回せ! 急げ‼」


「ねえ、課長は……?」

 蔡羅が不安げに言った。


 間宮は無線のスイッチを再度押すが、

「まだ連絡がつかない……」


 すると廣澤が、静の脈を診ながら言った。

「課長は遺伝子研にいるよ。きっと待ってるんだ。葉島眞咲が来るのをね」


「廣澤……! お前、何を知ってる……!」


「知ってるというより察したんだよ。僕が知ってると言えるのは……あの二人の関係だけさ」



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