その時、司令トラックの中にいた四人の等活部隊全員のイヤホンに、遺伝子研からの緊急連絡が入った。
四人はすぐさま無線を開いた。
そこから聞こえてきたのは、
『――――――――――――――――――――』
〽言い表せないおぞましさ。
痛み、苦しみ、悲しみ、嘆き。
叫喚、悲鳴、命乞い。
恐怖に怯え、痛みに叫び、助けを求め、死にゆく声。
こっちだ、逃げろ、奴が来る。
助けて、嫌だ、死にたくない。
何十人もの死が煮詰まった、地獄の釜が沸き立つ音。
四人は一気に血の気を失い、互いの顔を見つめ合う。
冷汗まみれの廣澤は、恐怖のあまりに笑いを浮かべ、虚空を見つめて呟いた。
「八大地獄の最下層……罪人達が永遠に……苦しみ叫ぶ、阿鼻地獄――」
―――― ◇ ――――
遺伝子研に、
サイレンが鳴り響く中、赤い非常灯に照らされた廊下を人斬りがゆく。
右手には赤黒い炎を纏う『
ロックのかかった扉を斬り飛ばし、精密機械のひしめく研究室に侵入し、全てを斬った。
実験器具も、サンプル保管庫も、演算装置も、サーバーも。
無論、人も。
「ち、違う……‼ プロジェクトのリーダーは
白衣を着た一人の男が腰を抜かして床を這いずり、人斬りの凶刃から逃げ惑っている。
「私は何も関係ない‼ 何一つ関わってないんだ‼ だから――」
人斬りから男に向けて、何か小さな物が投げつけられた。それは男が首から下げた身分証にカチンとぶつかり、床に転がった。
白い粘着質の液体が入った試験管。ラベルには『予備① ――――』そこに描かれている人名は、男の身分証にある名前と全く同じものだった。
男は顔全体で恐怖を表し、人斬りの顔を仰ぎ見る。
「ち、違うんだ……ゎわ私は、予備を提供しただけ――」
皆まで言えず、男は赤黒い炎に飲み込まれた。
破壊と惨殺を繰り返しながら、人斬りはさらに深部へ進む。
乾いた血の上に温かい血が重なり、顔の地肌は寸分も見えなくなっている。
奥部の重要研究エリアは破壊し尽くされ、中にいる人間は撫で斬りにされた。
警備員はその姿を見ただけで全ての力を失い、赤子のようにうずくまった。
死と血と恐怖を振り撒き歩く人斬りの前に、一人の男が立ち塞がる。
鋼鉄のハンマーを携えた巨漢の青年、
その顔はこれまで見たことがないほど血色がよく、希望に輝いているようにさえ見えた。
小峰はハンマーを両手に持ち、万感の思いを込めて口を開いた。
「待ってた……ずっと、この時を……」
人斬りは顔にこびりついた血を引き攣らせた。笑ったのか、どうなのか。
刃の色が変わってゆく。赤黒い激情は鳴りを潜め、淡く、優しい桜色へ。
小峰はハンマーを振りかぶり、全力を以て殺すべく、人斬りのもとへ突進する。
一方、人斬りはただ歩く。小峰と激突する直前に、右腕を滑らかに振った。
春の風が、小峰の身体を撫でた。
小峰は両膝を地に付け、ゆっくりと倒れてゆく。
「ありが、とう……」
血の床にうつ伏せになり、小峰はようやく眠ることができた。
「待って‼ お願い‼ あれは……あれは私じゃないの‼ 部下が勝手にやったのよ‼」
比企田は泣き叫びながら、研究室の隅へ隅へと身を押し込んだ。
所内で生きている研究員ももはや僅か。あとはこの比企田と、最後の一人を残すのみだ。
「私は反対だったの‼ でも所長が、所長がどうしてもやれって‼ それで、部下が勝手に進めたの‼ 私は……私は彼女に優しくしてあげてたの‼ 本当よ‼」
比企田は部屋の隅にうずくまり、両手のひらを向けて助けを乞う。
「お願い、助けて……! あんまりよ、こんなの……! 二十年もここで働いて、今の地位を築いてきたのよ……! 家庭も、プライベートも犠牲にして……!」
人斬りは比企田の目前で止まり、右手に持った赤黒の刃を左上に振り上げた。
「お願いよ……子供もいるのよ……!」
腕の動きが、ぴたりと止まった。
自分の言葉に効果があったと確信した比企田は、ここぞとばかりにまくし立てる。
「そ、そうよ……! 子供がいるの、子供が……! ちょうど、あなたと同じ歳くらいの、」
何倍にも膨れ上がった黒炎が、比企田の全てを蒸発させた。