火災が起きているわけでもないのに、外から見る遺伝子研の上空には、赤黒い雲のようなものが渦巻いていた。
入り口からはひっきりなしに、職員や警備員達が発狂したような叫び声を上げながら外に逃げ出してきている。
その中の一人、年配の警備員が間宮達の姿を見つけて怒号を上げた。
「おい‼ お前ら何してんだ‼ 早く中に入ってあいつを殺せ‼ 一人殺られたくらいでビビってんのか‼ 全員でかかれよ‼ そのためにいるんだろうが‼」
〈刺殺〉が凄まじい目つきで睨み返す。警備員はたちどころに怯えて引き下がり、逃げ出す群れに紛れて行ってしまった。
蔡羅が建物を見上げながら軽い調子で呟く。
「終わりだね。何もかも」
「いや……むしろ始まりだよ」
廣澤が口角をひくつかせながら言った。
「これでみんな気付く。何も分かってなかったってことに。そして恐れるだろう。遺伝子そのものを。つまり人間そのものを」
振動音が鳴り、間宮が携帯を取り出した。画面を見て眉をひそめるが、すぐ耳に当てる。
「……これは局長。私などに直接お電話をくださるとは。……ああ、例のシェルターに? 我々に、守りに来いと? 失礼ですがその行動は、むしろ彼を呼び寄せる結果になるのでは?」
電話の向こうで男の焦る声。間宮は冷めた態度で対応する。
「……無理ですね。等活部隊全員でかかったところで、数秒で全滅させられるでしょう。それはつまり、今後局長をお守りできる人員が一人もいなくなるということを意味しますが、それでもよろしいのですか?」
相手の男の叫ぶ声が、他の三人の耳にも聞こえてきた。
『わ、分かった! なら、そうだな、こうしよう……! ……どうすればいいんだ‼ 奴が
間宮はどこまでも冷静に答える。
「……全てを明らかにすることですね。計画の全貌を明らかにし、あの二人の人権を極限まで踏みにじったことを心から悔やみ、誠心誠意謝罪することです。それで彼の怒りが収まることを、祈るしかないでしょう」
返事を聞かずに間宮は通話を切ろうとした。しかし直前で思いとどまり、もう一度携帯を耳に当てて一方的に言った。
「ついでに、一緒に籠っておられるお歴々の皆様にもお伝えください。彼に狙われたくないのであれば、何が真に国のためになるのかということを、よくよくお考えになることです――と」
間宮は今度こそ通話を切った。
その間にもパトカーや警察車両が続々と到着し、遺伝子研を包囲しつつある。
〈刺殺〉がそれらに目をやりながら、
「流石に逃げらんねーぞ、あいつ……ここ突破したところで、いずれは捕まるだろうよ……」
「あの娘もね……」
と、蔡羅は司令トラックを振り返った。中では静が未だ眠り続けている。
「どんな理由であれ、撃っちゃったわけだし……VGS手術に抗った人間ってだけで、多分、普通の生活にはもう……」
間宮は携帯の画面を見つめたまま、じっと何かを考えていた。
やがて決意したように携帯を握り締め、画面を操作して耳に当てる。
「
通話を切った間宮に、蔡羅が問いかける。
「……どうする気?」
間宮は遺伝子研を見上げながら言った。
「