人斬りはついに目当ての人物のもとまでたどり着いた。
『所長室』と書かれた
左手に障子、奥に床の間、畳こそ敷かれていないものの、ほとんどが和風に設えられた部屋。
正面にはPCが乗った古めかしい机。
そこに――いた。
「やあ、
「君が怒るのも無理はない。私も無茶をしてきたという自覚はある。懺悔の意も込めて、最後に全てを話しておこうじゃないか。そもそも、私が彼女と初めて会ったのは――」
業炎が二人の間を斜めに斬り裂いた。
刃が通り過ぎた後、両者を隔てるものは何も無くなっていた。机やPCは灰となって降り注ぎ、金沢の着ている白衣の前は焼け焦げていた。
金沢は椅子の上で妙な姿勢のまま固まり、血の気の引いた頬を二、三度痙攣させた。
人斬りは部屋の中央に踏み出した。暖色の照明が、幾層も血に塗れたその顔を露わにした。
その顔は――笑っていた。柔らかく、穏やかに、いつものように。
金沢は座ったまま身を引き、
「……貴様は何も分かっておらん……!」
人斬りを睨みながら言った。
「遺伝子工学は、我が国を導く希望の光だ……! 軍事面ではもちろんのこと、経済面ですら三流国に成り下がった日本が、やっと掴んだ蜘蛛の糸なのだ……!」
人斬りは笑顔のまま一歩踏み出す。
金沢はさらに声を荒げ、
「VGS手術を今後も世界に拡めていけば、各国の保有兵力は減ってゆく! そして兵士の数が減るにつれて、一人一人の戦闘能力が物を言う時代になる! その時にこそ、一騎当千の
笑顔で、また一歩。
金沢の顔が恐怖の色を帯びた。
「分からんか‼ 強国日本が再び世界に出現するのだ‼ それが日本人にとってどれほどの悲願であるか‼ 今までどれほどの日本人がそれを夢見、志半ばで死んでいったか、貴様などには分かるまい‼ 追従し、顔色を窺い、媚びへつらい、嘲弄され軽視され侮辱されてきた我が国を救おうと‼ 私はそれだけを思ってきたのだ‼」
笑顔の人斬りが、近づいてくる。
金沢は今やはっきりと恐怖の表情をして叫んだ。
「恩知らずも大概にしろ‼ 誰のおかげでその力を手に入れられたと思っている‼ 人斬りゲノムを持つ小娘を探し出し、住ませて食わせてやった‼ ゲノム以外に何の取り柄もない小娘に、この私の遺伝子を与え、貴様を産ませてやった‼ 貴様のために部隊を‼ その刀を作ってやった‼ 反知性主義の馬鹿どもと手を結んでまで、貴様に晴れ舞台を用意してやった‼ その恩返しがこれか‼ 稀代の不忠者めが‼ 少しは父親に感謝せんか‼」
人斬りの様子は何も変わらない。ただ右手の赤黒い刃が、床を突き抜けるほどに巨大になり、壁を吹き飛ばすほど高温になったことを除いては。
金沢は恐怖し、絶望していた。殺されることそのものよりも、目の前の笑顔が何も言葉を返してこないことに。これほど言葉を尽くしたにもかかわらず、一言も返さずに自分を殺そうとしている笑顔に、恐怖と絶望を感じていた。
「なぜだ……言ってみろ‼ なぜ私が貴様に斬られねばならん‼ ただ一筋に国のためを思い、国に尽くしてきたこの私が‼ 言ってみろ‼ 真の愛国者を斬るに足る大義が、貴様にあるのならば‼ この私が、血を分けた実の息子に殺されなければならない理由を‼ 言ってみろ‼」
人斬りはついに金沢の目の前で、右手の焦熱地獄を振りかざす。
熱と恐怖で気を失う寸前の金沢法春を笑顔で見下ろし――
眞咲は、言った。
「遺伝子ガチャに、負けたんです」
そして全ては地獄に消えた。