目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第四十一話 端唄


『神の子供達』によるテロ事件と、それを鎮圧した等活とうかつ部隊に関してのニュースは、その規模と不釣り合いに小さくしか報じられなかった。


 代わりに大きく報じられたのは、日本犯罪史上最凶最悪の大量殺人事件だった。


『……警察の発表によりますと、死亡者は男女合わせて計六十六名……いずれも遺伝子工学分野で功績のある研究者だったということです……死亡者の中には、国立遺伝子研究センター所長、金沢かなざわ法春ほうしゅん氏も含まれていると見られていますが、遺体の損壊が激しく、身元の確認には時間がかかると見られています……容疑者の少年は、現在も逃亡中です……』


 ニュースキャスターは原稿から目を離し、青白い顔をカメラに向けた。


『……えー、お伝えしておりますように、逃亡中の容疑者は十六歳の少年です。しかしながら政府は、事件の重大性、再犯の防止、そして国民の安全を守るという観点から、特例として実名と顔写真を公表し、全国に指名手配を行うよう警察に通達しました。……当番組におきましても、視聴者の皆様の安全を考慮し、少年の実名、顔写真を報道する判断を致しました……』


 画面が切り替わり、写真が表示された。中学の卒業アルバムに使われたバストアップ写真。温和で、希望にあふれ、一切の邪も感じられない優しい笑顔。


『容疑者の名前は、葉島はしま眞咲まさき、十六歳。繰り返します。容疑者は、葉島眞咲、十六歳です』


 画面がスタジオに戻る。キャスターは切迫した表情でカメラに向けて身を乗り出す。


『番組をご覧の皆様に、改めてお願い申し上げます。少年は未だ凶器を持ち歩いているとされ、極めて危険な状態です。皆様、どうかご自身や身の周りの方の安全を第一に行動してください。少年を発見した場合、急いでその場を離れ、身の安全を確保した後に、警察への通報をお願いいたします。決して、少年に近づかないようお願い申し上げます。繰り返します。指名手配中の犯人は、葉島眞咲、十六歳。皆様、決して犯人に近づかないよう……』



 児童養護施設『桜丘さくらがおか学園』の共有スペースにあるテレビを、子供達は食い入るように見つめていた。


 光也みつや少年は画面に映った眞咲の写真を呆然と見ながら、手に持ったおもちゃの刀を強く握り締めた。


 そのおもちゃは、すぐさま施設職員の手で取り上げられ、子供達はテレビの前から追い立てられた。


 無人になった部屋に向かって、テレビはニュース番組を流し続ける。


『……ではここで、先ほど行われました総理官邸での緊急記者会見の映像をお送りいたします』


『えー、まずは、犠牲になられた方々、そしてご遺族の方々に対し、深くお悔やみを申し上げたいと思います。……今回の事件は、国民の皆様の生活を著しく脅かし、国家の主要産業を揺るがしかねない、前代未聞の凶悪犯罪であると認識しております。一日も早い容疑者の逮捕のため、国民の皆様に対しては、目撃情報の提供など、ご協力をお願いしたいと思います。


 加えて、えー……極めて異例のお願いではございますが、えー……特にその、女性の皆様にお願い申し上げますが……容疑者に対して、えー……その、万が一にもですね、その……決して、万が一にも、体を許すなどといったことのないよう、ご注意をお願い申し上げたいと思います……。えー、と申しますのも! えー質問はご遠慮願います! と申しますのもですね! 容疑者の持つ遺伝子は極めて異常かつ危険なものであり! 決して、決して後世に受け継がれてはならないものなのでございます! 国家の安全! そして国民の皆様の安全のために! 容疑者の遺伝子は、何としても抹消しなければならないのでございます! 


 容疑者の持つ遺伝子は――――! 


 国民の皆様の遺伝子を――――! 


 我が国の遺伝子工学は――――!』




〽触れもできず、見えもせず


 されど誰もが持っている


 それが何かは知らねども


 誰もがそれに、操らる


 妖怪変化か亡霊か


 はたまた神か、悪霊か


 不可視不思議の遺伝子よ


 何処まで人を惑わすか


 不埒ふらち不遜ふそんの罪人よ


 何処までそれを畏れぬか


 産んで産ませて掛け合わせ


 切って繋いで組み換えて――


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?