水蒸気にけむる陸地が水平線の向こうに消え去った後も、クララは長い間船尾の手すりにつかまって、彼方の島国に視線を這わせていた。
「クララ、そろそろ中に戻ってください。怪しまれますよ」
ジニタリア語を話す男が船室から出てくる。冬のクルージングを楽しむ金持ちのような格好だが、その実は『神の子供達』の構成員だ。傭兵ではなく、クララの子飼いの部下である。
「この船はクルーザーなんですから。それに、傷にもよくありません」
クララは何も言わず俯いた。
「……あの二人と一緒にいるのが嫌ですか」
「……向こうだってそうでしょ」
「さあどうでしょう。女の子の方はそうかもしれませんが、もう一人の方は……まあいつもの調子です。特に不満などは言ってませんでしたよ」
クララは振り向いて部下の顔を見る。
「話したの? あいつと?」
「ええ、翻訳アプリを使って何度か。いやなかなかどうして面白い少年です。話も興味深かった。遺伝子に対する認識が、少し変わりましたよ」
再び俯き、クララは言い辛そうに、
「…………私のこと、何か言ってた?」
「あなたのことを? いいえ、特には」
クララはゆっくりと背を向けてまた手すりを掴み、水平線を見つめながら言った。
「……私の中に、何がいると思う?」
部下はすぐさま答える。
「クララ・プロシュタヌがいますよ。中にも、外にも」
「…………」
「……クララ、何があったにせよ、あなたはあなただけのものです。誰のものでもない。組織のものでも、国のものでも。……まして教授のものなどでは、ありません」
末尾の台詞に力をこめて、部下はそう言った。
しばらく二人の間に言葉はなく、高めの波の音だけの時間が流れる。
「ランデブーポイントまではもう少しかかります。どうぞ中へ」
クララはしばらく沈黙してから、海を見たまま言った。
「……もうちょっとだけ、ここにいる」
「……そうですか。では待ってますよ」
船は波をかき分けて南東へ進む。