第20話☆水の音
こぽこぽこぽ。
絶えず循環する水の音が響いていた。
チェリーピンクの水槽を飽きずに眺めながら、日がな一日過ごしていた。
夜、眠りにつくまで水の音を聞きながら、とても心地いい感じがした。
夢の中でぼくは、見知らぬ海の中にいるようで、いつもうっとりときれいな世界を眺めていた。
お隣さんが、魚たちを見に一日一回やってくるようになり、まあ、いいけどね、って、ぼくは肩をすくめた。
「このまま一緒に住んじゃおうか?」と、お隣さんが言った。
「えっ?」
お隣さんはぼくの表情からなにかをおしはかろうとしているようだった。ぼくの脳裏をかすかに今の自分のプライバシーを彼女にあけわたすのに抵抗があるようなことが浮かんだ。
「そこまではできない、か」
お隣さんはそう寂しげにつぶやいて、ぼくに背中を向けた。
ぼくはなにか言おうとして口をぱくぱくさせた。そしてやめた。
「毎日魚を見に来ていい?」
「来てるじゃないか」
「これからも、よ。お隣さん」
彼女の「お隣さん」、という言い方がなんていうかぼくの胸にぐさっと刺さった。
お互いに「お隣さん」と呼び合って、もうどのくらい月日が経つのだろうか?
「サラ」
お隣さんの名前を呼んだ。
「なに?リクくん」サラがぼくの名前を呼んだ。
「きみが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、今の距離感がとても気にいっていて、こわしたくなくて」
「ええ。そうね」
サラは長いまつげをふせるように目を閉じて、なにやら考えていた。
「私の名前、忘れちゃってるのかと思っていたわ」
「ぼくも」
二人してにっ、と笑った。
「チェリーピンクちゃん」
サラは愛おし気にコンゴウフグに呼びかけた。「アオイちゃん、シマちゃん」ほかのハゼとシマキンチャクフグにも声をかけた。
「魚、好き?」
「ええ」
「毎日来てくれる?」
ばっ、と彼女はぼくを振り向いた。
「来るわよ」
「お願いするしかないか……」
ぼくはひとりごちてため息をついた。
「ばかね」
「どういう意味?」
「おばかさん、っていう意味」
「ひどいな」
「そっちこそ」
わけのわからないうちにけんかにまきこまれそうだったので、口をつぐむ。キッチンへ行って、冷蔵庫からラムネを二本とってくる。
「ありがとう。リク、なにについて乾杯する?」
「チェリーピンクとなかまたち」
「いいわね」
ふたを押し当て、ビー玉の栓を落とした。
炭酸がじゅわじゅわいってて、これも水の音だな、と思った。