第21話☆星降る夜に
街を取り巻く三つの月がちょうど一直線に並ぶ夜、階段の国では十年に一度の“星降り祭”が開かれる。
月の引力が釣り合い、大気が澄み、天空を渡る流星がはしごのように幾筋も落ちるのだという。
リクは祭りのたびに書き溜めたアイデア帳を開き、真新しいページを指で弾いた。
「終わりまであと六歩だ」――彼は自分にそう言い聞かせる。
六つの物語を書き上げれば、この長い階段の旅も完結する。
だが鍵となる最初の一歩がなかなか定まらない。
かたわらではチェリーピンクが水を吸い込み、ぷはあと泡を吐いた。
静かな水音がリクの背中を押す。
夜更け、サラが窓を叩いた。
白い羽織をまとい、手には月光色の紙袋を提げている。
「ねえ、一緒に星を拾いに行かない?」
紙袋の中には細い糸で紡がれた小さな網が二つ。
星降り祭では、流星が触れると瞬時に結晶化して路上に転がる。
それを“星のかけら”と呼び、願いを閉じ込める習わしがあった。
リクは頷き、カンテラに灯をともし、サラと肩を並べて螺旋階段を上る。
鉄骨は薄く震え、遠くで太鼓の音が鳴った。
やがて見晴らしの良い踊り場に着くと、夜空は銀の雨で満たされていた。
結晶は乾いた澄音を立てて足元に転がり、二人は夢中でそれを集めた。
ふとリクが目を上げると、サラは両手でひときわ大きな星のかけらを抱えている。
淡い桃色に揺れるその輝きは、まるでチェリーピンクの名前の由来を思わせた。
「これ、あなたにあげる。
最後の物語に使って」
リクは受け取った瞬間、胸の奥で何かがカチリと噛み合うのを感じた。
迷っていた冒頭の一行がはっきりと浮かび上がる。
祭り囃子が遠ざかり、階段の隙間から夜明けの気配が滲む。
星のかけらは掌で微かに脈打ち、その熱が物語の完結を促していた。
帰り道、サラがそっと言った。
「六歩目を踏み出すとき、私も隣にいていい?」
リクは答えず、しかし手を伸ばしてサラの指を握った。
階段はまだ長い。
それでも二人の足取りは、確かに同じリズムを刻んでいた。
部屋に戻ると、リクはタイプライターに紙を差し込み、星のかけらを机の片隅に置いた。
結晶は薄い音を立てて割れ、きらめく粉が紙面に舞い落ちる。
それはインクと混ざり、夜空の色を帯びた。
タカタカタカ――キーを打つたびに粉塵が光を返し、物語が新しい息を吹き込まれていく。
チーン、と鐘が鳴ったとき、最初の一章が完成していた。
リクは文字数を数え、ぴたり千字。
胸の奥で小さくガッツポーズを作ると、窓の外で夜明け前の最後の流星が線を引いた。