第24話☆水晶の鼓動
透明な螺旋を上り切った瞬間、霧が裂け、一面の水晶原が現れた。
結晶は調和の鼓動を刻むように淡い光を脈打ち、足を踏み入れるたびに低い音叉のような響きを返した。
中心には球形の水晶が浮かび、その内部を金色の砂が落下と逆流を同時に繰り返している。
「第四歩の試練だわ」サラが呟く。
球の表面に触れると、砂が渦を巻き、二人の影が映し出された。
影は言葉を持ち、リクへ問いかける。
〈物語を書き続ける理由を、一行で示せ〉
リクは息を吸い、胸の時計を握った。
かすかに鼓動のリズムが速まる。
かつて彼は評価や賞賛を求めて書き、挫折を知った。
その残響が影の輪郭を揺らす。
だが星のかけらが示したのは、別の熱だった。
影はなおも揺らぎ、過去の失敗を映し出した。
締め切りに間に合わず編集者の机に置き去りにした原稿、憧れの作家の辛辣な批評に縮こまった夜。
痛みが脈打つたび、足元の結晶が軋む。
サラが肩に手を置き、静かに告げる。
「痛みは足枷じゃない、踏み切り板よ」。
その言葉でリクは影へペンの軌跡を描き、失敗の輪郭を塗り替えた。
「たった一人の夜を照らす灯りを、物語に変えるため。
」
言葉が水晶へ吸い込まれ、金砂の流れが静止した。
次いでサラの影が浮かび上がる。
〈彼の隣に立つ理由を、一滴の涙で示せ〉
サラは目を閉じ、掌に宿す温かさを感じた。
星降りの夜、リクが拾い上げた桃色の結晶。
その小さな輝きが、長い孤独を破ってくれた記憶が滲む。
睫毛の端から零れた涙が、球体へ落ちた。
水晶はやわらかな音を立て、扉の形に割れた。
扉の向こうは階段ではなく、果てしなく広がる夜空だった。
そこに浮かぶのは、まだ綴られていない六つの星座。
三つはすでに仄かに光り、残る三つは影のまま揺れている。
胸の時計の針が二つ同時に進み、鐘を一度だけ鳴らした。
第四歩完了の合図だ。
リクはサラと指を絡め、空に伸びる無形の階段を探す。
水晶原の響きが後ろへ遠ざかり、かわりに静かな鼓動が二人の鼓膜を満たした。
「物語は灯り、涙は海。
あと二歩で夜明けが来るわ」サラの声は星屑を払う風のように澄んでいた。
リクは頷き、鞄から新しい紙束を取り出した。
水晶の欠片が粉になり、紙面に降り注ぐ。
それはインクよりも速く物語の骨格を刻みはじめる。
彼は初めて、最後の章題を書き込んだ――『夜明けの階段』。
空の星座が一つ、微かに瞬いた。