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第25話☆夜空の書架

第25話☆夜空の書架



水晶原を離れた二人は、見えない階段を踏みしめ夜空へ滲む藍の海へ進んだ。

足裏が真空を蹴るたび鈴音が生まれ、後方に光の欄干が織りあがる。

上空では六つの星座のうち五つが仄光を帯び、最後の星だけが影のまま震えていた。

胸の時計は五度脈を打つ。



サラが息をつき問い掛けた。

「この階段を登り切れば、あなたは何を得るの?」 リクは宙を見上げる。

「答えじゃなく、問いを抱ける余白さ。

夜明けは終わりでなく、次の物語の序章だ」 二人の影が重なり、一瞬だけ揺るぎない形を結んだ。



雲を抜けると巨大な書架が浮かんでいた。

棚板は星雲の塵ででき、無数の羊皮紙が風にめくられている。

中央では黒い旋風が巻き、破れた活字が刃となって飛び交っていた。



「言葉の嵐よ」サラが叫ぶ。

「未完成の物語が荒れている」



嵐を鎮め、欠けた頁を星図へ還元しなければ先へ進めない。

リクは鞄から白紙を取り出し、星のかけらを粉にして混ぜた。

紙面は夜の青に染まり、自動で文字を刻み始める。

だが咆哮は迫り、書架が悲鳴をあげた。



リクは紙束を掲げ、声に出して朗唱した。

「〈物語は風、綴る者こそ帆〉」瞬間、紙が翼となり刃を受け止める。

サラも一節を放つ。

「〈読む者は海、共鳴が波〉」二つの言葉が共振し、渦の中心に光柱が伸びた。



嵐は旋律へ変わり、活字は柔らかなルーンへ戻る。

最上段から大きな星図が舞い降り、影だった六つ目の星座が薄紅に灯った。



星図がリクの手に触れるや否や、胸の時計が静かにゼロへ戻り、五歩目の完了を告げた。

周縁には余白が残る。

サラが静かに問う。

「怖くはない?」頬を夜風が撫で、小さな雫が輝く。



リクは微笑む。

「白紙より暗い夜はない。

だから夜明けまで書く。

」言葉は星図へ染み込み、欠けた星々を線で繋いだ。



書架が低い音を放ち、数千冊の本が背を合わせて塔を形作る。

塔の頂から光の梯子が降り、六つの星座を貫いて一直線に伸びた。



「最後の階段よ」サラが手を伸ばす。

梯子は儚げだったが、二人の指が触れた途端、暖かな脈動が走り道へと変わる。

夜空の彼方では朝焼けのオレンジが滲み始めた。



リクは余白へそっとペンを置く。

流星のインクが溢れ出し、未明の空を新しい物語の光で染めた。

東雲が兆し、六つの星座が瞬き、最後の夜が静かに終わりを告げる。


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