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第26話☆夜明けの階段


第26話☆夜明けの階段



光の梯子を一段上るごとに、闇は薄紙のように剥がれ、空の端が朱へ染まった。

リクの胸の時計は秒針を失い、代わりに淡い光の線が無限大を描いている。

サラは星図を抱え、足元で砕ける星屑を踏みしめる。

その音は遠い波のようで、夜を洗い流していった。



頂上は想像より静かだった。

小さな踊り場に、古びた執筆台と椅子がぽつんと置かれている。

机上に置かれた白紙が一枚、夜風に揺れた。

リクが近づくと紙は光を吸い込み、未明の空を写し取った鏡のように煌めいた。

椅子に腰かけ、深呼吸をひとつ。

サラが横で見守る。



「最後の一行を」彼女は囁く。



リクはペンを取り、胸の奥からゆっくり言葉を掬い上げる。

これまでの物語、迷い、痛み、星の祝福、夜明けへの希求――すべてが一滴のインクとなって滴った。



〈闇の先で、君と朝を分かち合う〉



書き終えた瞬間、空気が震えた。

紙面の文字が浮かび上がり、夜空へ飛び散る。

無数の文字は光の粒となり、未完だった最後の星座を結ぶ軌跡を描いた。

影は完全な輝きに変わり、六つの星座が輪を成し、中央に白い光柱が立つ。



サラが星図を掲げると、図は光柱へ吸い込まれ、空いっぱいに新しい銀河の模様を咲かせた。

胸の時計はそっと消え、星のかけらは粉になって風と混ざる。

遠くの地平線から黄金色の弧が伸び、世界を温かく撫でた。



リクは立ち上がり、執筆台に手を置いた。

「これが終わりじゃない。

夜明けは始まりの代名詞だ」



サラは微笑み、手を差し伸べる。

「物語が灯りなら、私たちはその炎を渡す旅人ね」



二人は踊り場を後にし、朝焼けの雲海へ踏み出す。

足元に階段はもう見えないが、光の道が確かに続いている。

背後で執筆台が静かに溶け、白紙だけが風に舞い上がる。

それはいつか別の夜を彷徨う誰かの肩に降り、新たな物語の灯りになるだろう。



雲海を踏む足取りは恐ろしく軽かった。

夜を孕んだインクが靴底から滲み、雲を丹に染める。

振り返ると六つの星座がゆっくりと回転し、文字の花弁を撒き散らしている。

その花弁は朝日を受け虹色に光り、遥か下界の街々へ降り注いだ。

階段の国、時計職人の塔、水晶原――すべての場所で人々が顔を上げ、不意に胸を熱くする。

届かぬはずの言葉が、確かに心を灯していた。



リクは驚き混じりに息を呑む。

「ほら、見て。

物語は読者のもとへ」 サラは頷き、掌で空気を掬った。

「灯りは巡り、また夜の書き手を導くわ」 二人は新しい朝日へ歩き出す。

雲海の向こうから鐘の音が響き、光の道が無限遠へ伸びていた。



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