早く帰ってヒーローとヒロインに癒されたい。
それだけを心の支えに、私が横断歩道に差し掛かると、あと少しで信号が赤に変わりそうになっていた。
「待って! まだ変わらないで!!!」
そうつぶやきながら、私が横断歩道に入ったその時。
眩しいライトの光が突然目の前で私の顔を照らし、それがバイクだと気づいた瞬間に私の意識はそこで途絶えた。
***
なぜだろう。頭が割れるように痛む。
今日は、
数々の素晴らしい出来栄えの薔薇を披露する大事な会であり、婚約者である王太子殿下との仲を皆に見せつける良い機会なのに……。
「うっ……」
キーンという頭の鈍い痛みに思わず声を漏らすと、私はそのままその場に倒れた。
どれほど時間が経ったのだろう。
私は、自室のベッドの上でゆっくりと目を覚ました。
いつもの見慣れた天井、家具、そして窓から見える庭の薔薇の花々。
しかし、ただ一ついつもと違っていることがあった。気づいてしまったのだ。
「こんなことがあるなんて……」
私は、自分が今置かれている状況が信じられなかった。いや、信じたくない。
そうだ、これはきっと悪い夢に違いない。
リアルすぎるよ、この夢!
私は、思いっきり自分の頬っぺたをつねってみる。
「痛っ!!!」
無情にも、頬っぺたにとてつもない痛みが走り、私は悪夢のような現実と向き合う羽目になってしまった。
あの日、会社帰りに私はバイクに
普通なら大好きな乙女ゲームの世界に転生出来たなんて嬉しすぎることなのだが、私は今の自分の状況を全く喜べないでいた。
私が転生した乙女ゲームの登場人物。
それは、私が苦手としているキャラだった。
クリスティーナ・アンリ 二十二歳。
アンリ公爵家の公爵令嬢であり、この国の王太子である第一王子の婚約者である。
悪役令嬢らしいプライドの高さと冷酷な性格。
見た目の美しさに反した腹黒さ。
どんな手を使ってでもヒロインを
ゲームの途中、何度私の心が怒りに震えたか。
それなのに今のこの状況をどうしたらいいのだろうか。
「何でよりによってこの人に転生したのよ!」
掛けられている高級な布団を頭からすっぽり被ると、私は誰にも聞かれないように
しかし、こうなってしまった以上何とかするしかない。
さて、どうするか……。
少し冷静になって考えてみる。
確か私が頭の痛みで倒れる前、屋敷の庭で薔薇の鑑賞会をしていた。
この場面を過去にプレイしたことは鮮明に覚えている。
なぜなら、この場面は初めてヒロインとヒーローが出会う重要なシーンだからだ。
私は、それを思い出すと慌ててベッドから起き上がり、窓から薔薇園を覗き込んだ。