「もうヒロインはヒーローと出会ったのかな? うーん。よく見えない。すごくいいシーンなのにぃ」
私は、目を凝らして庭の隅から隅までを見渡したが、ヒロインがヒーローと出会っている様子はない。
もしかしたらもう既に二人は出会い、意気投合してどこかに出掛けたのかもしれない。
それはそれで、私的にはオッケーな展開だ。
そんな幸せな妄想に頬を緩めていると、部屋のドアをノックする音とメイドの声が聞こえた。
「クリスティーナ様? 起きていらっしゃいますか? アルベール様がお見えになっております」
(えっ! アルベール様?)
アルベールという名前を聞き、私は慌ててベッドに横たわった。
そして、いかにも今まで寝ていたかのような気だるい声を出した。
「起きているわ……どうぞお入りになって」
悪役令嬢らしくクールに決めていても、内心は心臓が破裂しそうなほどドキドキしている。
あのアルベールが私の目の前に現れるなんて。
アルベール・デュラン 二十四歳。
ここラブリエ王国の王太子である第一王子であり、クリスティーナの婚約者だ。
クリスティーナとの間に愛はなく、お互いに政略結婚の相手としか見ていない。
正真正銘、この乙女ゲームのメインヒーローである。
「気分はどうだ、クリスティーナ」
いつものように優雅な姿で颯爽と私の部屋に入ってきたアルベールは、ベッドに寝ている私を見下ろした。
私が緊張しながらアルベールに返事をしようとした時、ふとアルベールの後ろを見ると、そこには一人の女性が立っていた。
「ご心配をお掛けいたしました殿下。もう大丈夫ですわ」
アルベールの美しく整った顔立ちを直視出来ないことと、アルベールの後ろに立っている女性が気になって、私は少し棘のある言い方をして顔を背けた。
アルベールが私(クリスティーナ)に愛情がないのは理解しているし、このお見舞いも婚約者としての社交辞令のようなものだろう。
悪役令嬢をちゃんと演じないと……。
「そうか……」
アルベールは、私の態度に動じることもなく小さくつぶやくと、後ろに立っていた女性をエスコートするように自分の前に立たせた。
「クリスティーナ。こちらはムニエ伯爵家のリゼット嬢だ。屋敷の庭で迷っていたので声をかけたのだが、彼女も君に会いたいと言うので一緒に連れてきたんだ」
「リゼットと申します。クリスティーナ様の体調が回復されて良かったです。憧れのクリスティーナ様にお会いすることが出来てとても嬉しい。アルベール殿下に感謝いたします」
リゼットは、恥ずかしそうに頬を赤く染めるとアルベールのほうを見て微笑んだ。
(リ、リゼット? えっ、どうしてここに? こんな演出なかったはずなのに。それに、憧れって、クリスティーナに? 訳がわからないよ)
今、私の前に立って頬を赤く染めながらアルベールと歓談を始めたリゼットという女性。
彼女こそがこの乙女ゲームのヒロインなのだ。
推しのヒーローとヒロインが目の前に!
緊張と嬉しさで身体がガタガタと震える。
そんな姿を二人に見られたくない。
私は、再び布団に潜り込んだ。