さて、『カフェ パティスリー』に行くことを決めたものの、やはり公爵令嬢が一人で街中を歩くなどあってはならない。
今はアルベールと婚約をしている身。
何か問題を起こせば公爵家がどうなるかわからない。それだけは避けたかった。
私は、悩んだ末にメイドを一人連れていくことにした。
「わ、
床の雑巾掛けをしていたメイドのノエルは、お化けでも見たかのような驚愕した顔で私を見上げた。
ノエルがこんなにも驚くのも当然だ。
なぜなら、私から直接メイドに声を掛けることなど今まで全くなかったからだ。
「そうよ。あなたに街を案内して欲しいの」
「街を? クリスティーナ様がご自分で街をお歩きになられるのですか?」
「ええ」
ますます信じられないという顔をしているノエルを見て、今までのクリスティーナの振る舞いがいかに横暴だったかを実感した。
(これからは屋敷の使用人たちとも交流を深めないと。味方は何人いてもいいもの)
「とにかくよろしくお願い。あぁ、あと庶民の服で出掛けたいから用意してちょうだい」
「ええ……」
ノエルは、突然の私の要望に疑いの目を向けている。きっと、私が悪いことを企んでいるのだと思っているに違いない。
「街中に美味しいスイーツを提供してくれるカフェがあると耳にしたの。あなたも知っているでしょう?」
「あ、もしかして『カフェ パティスリー』のことでしょうか?」
「そうそう、それよ。そこに案内して欲しいの。庶民に見つからないようにお忍びで行きたいのよ。ねっ、お願い!」
私が申し訳なさそうに両手を合わせてノエルを見ると、ノエルは急に頬を赤く染めてモジモジしだした。
「えっ、あの、クリスティーナ様。そのように可愛らしい振る舞いをされたらお断り出来ないですよ……。わかりました。ご案内させていただきます」
「ありがとうノエル!」
「ひゃっ!!!」
嬉しさで私が思わずノエルに抱きつくと、ノエルはびっくりした様子でますます頬を赤く染めている。
(よし。ノエルとの心の距離は少し縮んだわね。この調子でもっと仲良くなろう)
その後、私は、ノエルが用意した庶民の服を着てキャペリンハットを目深に被り、自分がクリスティーナだと知られないように静かに屋敷を抜け出した。
***
まだ少し寒さの残る街の通りをノエルの案内で歩いていく。
いつものようなドレスと違い、庶民のチュニックドレスは簡素な作りだが軽くて動きやすい。
ただ、いつも馬車で移動をしているせいか、それほど歩いていないのにもう疲れてしまっていた。だんだんと息が荒くなっていく。
(運動不足にもほどがあるわ……)
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫でございますか? クリスティーナ様。『カフェ パティスリー』はあの角を曲がったところにございます。もうすぐですよ」
「わ、わかったわ……ありがとう」
もう少しで倒れそうな自分をなんとか誤魔化して角を曲がると、そこにはいつもゲームで目にしていた建物が立っていた。
(わあ、本物の『カフェ パティスリー』だ! 実際に見るほうがすごく可愛い建物だな〜)
「クリスティーナ様。では店内をご案内しますね」
感動でその場に立ち止まっている私を見て、ノエルは嬉しそうに微笑むと、カフェのドアをゆっくりと開けた。