「ちょっといいかしら?」
数々のスイーツが並ぶショーケースを見ながら立ち尽くすアドルフの後ろから、私はさりげなく声を掛けた。
「えっ? あ、はい。なんでしょう、か……はっ!
「しー! 静かに!
私の顔を見るなり大きな声を出したアドルフの口を、私は咄嗟に押さえた。
するとアドルフは、周りの客の様子に変化がないことを確認した後、今度は小声になって私に頭を下げた。
「し、失礼いたしました。ところでクリスティーナ様がなぜこのような庶民の場に?」
「それは……このカフェの噂を耳にしたからですわ。絶品のスイーツがあると。それを自分の目で確かめたかったの」
「はあ……?」
アドルフは、私の言葉が信じられないという顔をしながらも、私に失礼がないよう、どんな対応をしていいか困っているようだ。
私は、乙女ゲームのこの場面がどんな展開だったかを、もう一度頭の中で思い返してみた。
まず、アドルフは場違いなカフェに迷い込んでしまったことを後悔しているのよね。
確か、妹さんの誕生日に贈るケーキを探していたはず。リゼットが現れない今、私がアドルフの悩みを解決してあげないといけない。
「アドルフ。
「そ、そんな! 私のような者がクリスティーナ様と同じテーブルに付くなど、とんでもございません」
「いいから! さあ、ここにお座りなさい」
私は、アドルフの腕を掴むと自分が座っていた席にアドルフを無理矢理座らせた。
一部始終を心配そうに見ていたノエルは、アドルフの姿を見て驚いた顔をしている。
「あなたはアルベール様付きの騎士様ですよね。騎士様もこのような可愛らしいカフェに来るのですね」
「いえ、実は今日は妹の誕生日なのです。若い女性に人気のカフェがあると聞き、場違いだとは思ったのですがここのスイーツを買っていけば妹も喜ぶと思いまして。しかし、スイーツの数の多さに驚いてしまいショーケースの前でどうしたものかと悩んでおりました」
「そうだったのですね。確かにこちらのカフェのスイーツを妹さんに贈ればすごく喜ぶと思います。クリスティーナ様にも好評なのですよ」
ノエルは嬉しそうに私を見ると、アドルフ用の食器を用意してテーブルの上にあるスイーツを取り分けた。
「ありがとうノエル。さあ、アドルフ。こちらのスイーツを食べてみてちょうだい。気に入ったものを妹君に贈って差し上げるといいわ」
私がアドルフにスイーツを勧めると、アドルフは少し
「これは……とても美味しいですね」
「そうでしょう? 気に入っていただけて良かったわ」
私が我が物顔でうなづくと、ノエルは苦笑いをした。
「クリスティーナ様はこちらのスイーツが本当にお気に召したのですね。屋敷に戻ったらシェフに伝えておきます。今日はこの三種類のスイーツを買っていきましょう」
「やった! ……ゴホン。さあ、アドルフはどのスイーツがお気に召して?」
ここで私の脳裏に、乙女ゲームの場面が思い出された。困っているアドルフにリゼットが勧めたスイーツ。確かあれは……。
「まあ、クリスティーナ様!」
「えっ?」
不意に頭上から名前を呼ばれ見上げると、そこには満面の笑みで私を見つめるリゼットの姿があった。