「リゼット、様!?」
(嘘! まさか今現れるなんて!)
私は、焦る気持ちを悟られないようにそっと息を吐くと、努めて明るい笑顔を作った。
「あら、ごきげんよう。こんなところで会えるなんて。先日はせっかく屋敷に来ていただいたのに何のお構いもせず申し訳ありませんでした」
「そんな。
(ん? 最後のアルベール様と、ってところ、ちょっと聞こえなかったけど二人は上手くいっているのかな? それなら良かった!)
「リゼット様はこちらのカフェによく来られるの?」
「いいえ。外を歩いておりましたらカフェの中にクリスティーナ様の姿を見つけたんです。それで
リゼットは、恥ずかしそうに両手でドレスの裾を掴んでお辞儀をすると、私の隣に座っているアドルフにやっと気づいたように視線を向けた。
「クリスティーナ様、こちらのお
「アルベール殿下に仕えている騎士のアドルフよ」
私がアドルフを紹介すると、リゼットの顔がぱっと明るくなったような気がする。
まさか、あの場面がここから始まるの?
私とノエル邪魔じゃない?そろそろ屋敷に戻ったほうが良さそう。
二人はお互いに初めましての挨拶を交わしているし、この流れを壊してはいけない。
「ノエル。
「えっ? あ、はい。かしこまりました」
私がノエルに目配せをすると、ノエルはすぐに私の意図を理解したようにうなづいた。
理解が早くて助かるわ。
「待ってください。それでしたらお屋敷まで護衛いたします」
私とノエルが帰り支度を始めると、それまでリゼットと話していたアドルフが慌てたように立ち上がろうとしたので、私はそれを手で制した。
「今日はお忍びだし、護衛は結構よ。それにアドルフ、あなたも今日は騎士のお仕事はお休みのはずよ」
「しかし、クリスティーナ様はアルベール様の大事な婚約者様です。何かあってはなりません。どうか私に屋敷まで送らせてください」
そんなやりとりが私とアドルフの間でされる中、突然リゼットの「きゃっ!!!」という声と共に、テーブルの上の紅茶が入ったポットが倒れる音が聞こえた。
ガチャン!!!
「!!!」
「危ない! クリスティーナ様!!!」
私のほうに倒れてくるポットに気づいたノエルが叫ぶのも虚しく、倒れたポットから残っていた紅茶が溢れて私のチュニックドレスを水浸しにしてしまった。
幸いなことに、紅茶はすっかり冷めており火傷を負うことがなかったのが救いだ。
「申し訳ありません、クリスティーナ様!
紅茶をいただこうとして手が滑ってしまったんです」
リゼットは、どうしていいかわからない様子で取り乱しており、次第に周りの客たちが私に気づき始めた。
「ねえ、あれアンリ公爵家のクリスティーナ様じゃない? なんでこんなところにいらっしゃるの?」
「それにしても……ふふふ……見なさいよ、あの格好。いつも冷たくすまして歩いている
「しー! 聞こえるわよ!」
クスクスという嘲笑があちらこちらから聞こえる。やっぱり悪役令嬢っていうだけあって、良くは思われてないよね。わかっててもちょっとキツいな……。
その時、私は全く気づいていなかったのだ。
周りから笑われている私を見て、あの人の口角が嬉しそうに上がっていることに。