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第10話 それぞれの本音

 冗談じゃないわ。何なのよ、あの女。

そもそも、ヒロインに相応しいのはこの私なのに。やっと殿下と出会って私の魅力に気づいてもらうチャンスなのに。

腹の虫が治らない。ムシャクシャするわ!


 先日、殿下があの女の屋敷で行われる薔薇の鑑賞会にお越しになると知り、あらゆる伝手を使って会場に潜り込んだわ。

政略結婚という、愛のない結婚をさせられそうになっている可哀想な殿下を癒すためよ。

鑑賞会の途中、あの女が頭を押さえたまま倒れたと聞いて、そのまま殿下の前から消え去って欲しいとさえ願ってしまった。

あの女が倒れたことで鑑賞会は途中で中止になったけど、殿下に会う機会を逃すまいと庭を歩き回っていた私の目の前に殿下本人が現れたのはすごくラッキーだったわ。

あの女のお見舞いに行くという殿下の言葉には嫉妬したけど、考えてみたらあの女のことも近くで見たことがなかったから少し興味が湧いた。

私もお見舞いに同行したいです、と瞳をキラキラと輝かせたら殿下はあっさり私をあの女のところに連れて行ってくれた。ふふ。素敵なエスコートだったわ。

あの女は、まだ具合が悪いらしくてベッドに横になっていたけど、体調を心配してくれた殿下に対して偉そうに返事をして。少しくらい綺麗だからって何様のつもりかしら。

それに、急にまた具合が悪いと言って布団をすっぽり被ってしまった。私が心配してあげる素振りをしたのは、隣に殿下がいたからよ。

その後、殿下と二人であの女の部屋を出て二人っきりで話が出来ると思っていたのに、殿下はお付きの者たちに囲まれるようにして帰ってしまった。最後の言葉が「では」よ。

「ではまた」とか「またいつか」なら、再会するチャンスがあるかもしれないけど、「では」って。私に興味なさすぎでしょ!


 まあいいわ。それよりも。ふふふ。さっきのあの女の醜態ったら。

本当はポットの中身が熱い紅茶だったらもっとあの女を悲惨な目に遭わせられたんだけど。それにしてもいい光景だった。

あの女が悪いのよ。殿下だけでなく、殿下に仕えている騎士まで自分のとりこにしようとしてるんですもの。

許さないわ。

次はどんな手を使ってあの女を懲らしめてやろうかしら。


***


 愛のない相手に対して愛があると嘘の芝居をしなくてはいけないのは疲れる。

婚約者という立場上仕方のないことだが。

しかし、まさかあの場でクリスティーナが倒れるとは思わなかった。具合が悪いならそう言えばいいものを。プライドが高いのも考えものだ。

それにしても、病床のクリスティーナの様子がなぜかいつもと違うような気がしたのは俺の気のせいだろうか。なんだか妙におどおどしていなかったか?

まあ、具合が悪いんだから気弱にもなるのだろうな。俺の知ったことではないが。


 俺が家同士が決めた政略結婚を受け入れたのは、国の繁栄のためだ。それ以外に理由はない。

俺は今後もクリスティーナを愛するつもりはないし、クリスティーナも俺を愛することはないだろう。表面上だけの仮面夫婦を演じる覚悟は出来ている。


 ところで、あのリゼットという伯爵令嬢。どうしてもクリスティーナに会いたいというから一緒に連れていったが、キラキラとした瞳でクリスティーナをじっと見つめていたな。もしかしてクリスティーナのことが? いや、まさかな。憧れているとは言っていたが。

俺はそういうのにうといから、詳しいことはわからないが、なんとも奇妙な娘だった。

もう会うことはないだろうし、彼女のことは忘れることにしよう。


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