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第12話 推しのためのミルフィーユ

 執事が優雅な手つきでカップに紅茶を注いでくれる。この王家御用達の陶磁器、さりげなく描かれた花の模様が可愛らしい。

紅茶がさらに美味しく飲めそう。


「お待たせいたしました。こちらデザートです」


 シェフがにこにことした笑顔で皿に被せられた銀の蓋を取ると、そこには色とりどりの美味しそうなスイーツが並んでいる。見ているだけで幸せな気持ちになって頬が緩んでくる。


「ありがとう。いただくわ」


 シェフがお辞儀をしてその場を去ると、私は隣に座っているアルベールに視線を向けた。

ここに来た時から様子がおかしかったけど大丈夫かな? 何か悩み事?

いつもなら優雅に紅茶を飲んで、お互いに他愛もない会話をしていたような。

仕方ないよね。政略結婚の相手なんだもん。お互いに愛情はないし。

会話も当たり障りのないものになるよね。

私としては、推しであるアルベールともっと仲良くなりたいけど、リゼットのためにもそれは出来ない。

でも少しでも笑ってほしい。

推しの笑顔が見たい。


「殿下。こちらのスイーツはうちのシェフが自ら考案したものなのですよ。一つ一つ心を込めて作られています。殿下もぜひ食べてみてください」


「あ、ああ……。君のおすすめを教えてくれ、クリスティーナ」


 私がアルベールにスイーツを勧めると、アルベールはびっくりした顔をしている。こんなに気さくに話しかけたことがないから驚かせちゃったみたい。


「殿下は確かミルフィーユがお好きでしたでしょう? それならば、こちらの季節の果物たっぷりのミルフィーユはいかがでしょう?」


 私が給仕に目配せをすると、給仕はすぐにミルフィーユを皿に取り分け、アルベールの前に差し出した。

アルベールは、さらに驚いた顔で私の顔を見た後、目の前のミルフィーユを口に運んだ。


「美味しい……」


 ミルフィーユを食べたアルベールからは、先程までの硬い表情と重い空気が消え、瞳がキラキラと輝いているように見える。


 (うっ! 推しがまぶしい!!!)


 美味しそうにミルフィーユを食べているアルベールの横顔が尊い。

思わず見惚れていると、後ろにノエルが近づいてきて私に耳打ちをした。


***


 執事が優雅な手つきでカップに紅茶を注ぐ。王家御用達の陶磁器は上品で美しく、最高級の茶葉を使った紅茶にふさわしい。紅茶の良い香りがより一層引き立つというものだ。

いつものように、優雅な所作でそれを嗜もうとしていた俺の手が止まった。

俺の脳裏に、先程見た光景が思い起こされた。

俺を出迎えるクリスティーナ。

しかし、その目線の先には……アドルフ? なぜだ?

さらにクリスティーナはアドルフに微笑みかけたように見えたが。あれは俺の見間違えか? 二人は知り合いなのか?

兎にも角にもだ。あんなクリスティーナは今まで見たことがない。

というか、この屋敷の雰囲気はどうしたんだ。いつもはピリピリとした緊張感が漂っているが、今日は使用人たちの雰囲気が明るい。


「お待たせいたしました。こちらデザートです」


 シェフがにこにこしながらクリスティーナに笑いかけている。おかしい。

いつのまにこんなに親しくなったんだ。

俺の頭の中を、たくさんの疑問が行き交っている。


「殿下。こちらのスイーツはうちのシェフが自ら考案したものなのですよ。一つ一つ心を込めて作られています。殿下もぜひ食べてみてください」


 そんな時、隣の席に座ってるクリスティーナが俺を心配するように話しかけてきた。その表情は本当に俺のことを心配しているようで、クリスティーナに返事を返したものの、俺は動揺を隠せなかった。


「殿下は確かミルフィーユがお好きでしたでしょう? それならば、こちらの季節の果物たっぷりのミルフィーユはいかがでしょう?」


 何!? なぜ俺がミルフィーユが好きだということを知っているんだ?

誰にも言った覚えはないんだが……。

俺は、不可思議な気持ちを抱えながら、クリスティーナに勧められたミルフィーユを口に運んだ。


「美味しい……」


 不覚にも美味しいと口に出してしまった。それほどこのミルフィーユが美味しかったのだ。俺が残りのミルフィーユを食べている姿を、クリスティーナは嬉しそうな顔で見つめている。

なんなんだ一体。

俺は、不思議な夢を見ているような気分で今度は優雅に紅茶のカップを手に取った。

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