月明かりが、肋骨を照らしている。
暗闇に満ちた森の中。
一ノ瀬いちごが行方不明になった場所。
山道から離れた場所で、探偵は目をつむっている。
肌を外気から守っているものは、長靴だけ。それ以外は何も身に着けていない。
胸元では、一ノ瀬依頼人からあずかった子供用の靴が握られている。
風が吹き、銀髪が草のように揺れる。
彼女の足元には100均で買った懐中電灯が置かれているが、それだけではあまりにも心もとない。
探偵の体はほとんど動いていない。
祈りとも違う。
五感で感じ取れない何かを探しているようにみえる。
「んー。だめ」
探偵ががっかりしたように呟くと、ガサガサと、木の裏に隠れていた助手が顔を出した。
「おつかれさまです」
助手からレインコートを受け取った探偵は、居心地が悪そうに袖を通していく。
「あんまり、みないで、ね?」
助手は「わかっていますよ」と言いながらも、肋骨から視線を外さない。
しかし、いやらしいものを見る目というよりは、芸術品を見る目に近い。
「わたし、からだ、だめ、でしょ?」
「そんなことないですよ。無駄のないすばらしい体です」
「でも、いらいのひと、おおきかっ、た」
「あー。確かにそうですね。とてもおっぱいがふくよかでした。バインバインのボインボイン。まさに世の男の理想ですね」
助手は心の中で『まあ、オレは脂肪が苦手ですが』と付け加えた。
「ほんとに、おっき、かった」
「あ、探偵さん、ヨダレ垂れてますよ」
「もみ、たかった、なー」
「いや、何を言っているんですか?」
探偵は陶器のようにキレイな指を下品に動かしながら、ニタニタしはじめた。
しかし、冷たい視線を向けられた瞬間にハッとして、そそくさと歩いていった。
助手は怪訝な視線を送りながらも、その後についていく。
それからしばらく歩いた後、探偵はまたレインコートを抜いて、目をつむりはじめた。
しかし、今回も見つからなかった様子だ。
「ふべん、だなー」
「人間の体がですか? 中二病ですか?」
「ちがう、よ?」
探偵は夜空を仰ぐ。
街中では到底お目にかかれないほど、満天の星空だ。
「この、せかい、ふべん」
「やっぱり中二病じゃないですか」
「ちがう、よ!」
(すっかり、中二病が悪口だと認知されてしまったなぁ)
助手は出会ったばかりの時に『中二病』と言いまくっていたことを思い出して、しみじみとした。
「まりょく、うすい。はだか、じゃないと、たましい、みつから、ない」
「オレにはよくわからない話ですね」
「まりょく、ない、と、ねくろまんす、つかえ、ない」
「この幽霊を探している力もネクロマンスでしたっけ?」
ネクロマンス。
つまりは死霊術。
死んだ人を生き返らせたり、アンデッドに変える力。
根黒マンサはもっと幅広い力を使用することが可能だ。
「そう。わたし、ねくろまんす、しか、つかえ、ない」
「でも、結構便利そうじゃないですか」
「あっちの、せかいなら、なぁ」
探偵は自分の生まれ育った世界に想い馳せているのか、月をじっと見つめている。
助手はその横顔に一瞬見惚れたあと、悔しそうに舌打ちをした。
それから2人は3か所ほど回って、魂を
しかし。
「うーん。ここにも、いない、かな?」
「足を踏み外した場所からかなり離れましたけど」
「じかん、たちすぎた、かも」
「見つかりませんか?」
「ぜったい、みつける」
助手はとっさにスマホを取り出して、時刻を確認した。
捜索をはじめて、すでに3時間が経とうとしている。
「休まなくていいんですか? カップ麺を用意してますよ?」
「ぬ、ぬぬぬ……」
カップラーメンと聞いて、悩みだす探偵。
「でも、はやく、みつけて、あげたい」
ふたたび歩き出したけど、彼女の足元はおぼついていない。
それを見逃す助手ではなかった。
「カップラーメン、限定品ですよ」
「げん、てい……?」
ピクリと反応して、立ち止まる探偵。
「それに、オレがつかれたんですよ。ここで一緒にカップラーメンを食べてくれたら、とても助かります。見直してしまいます」
「そう、なの?」
「もちろんです。探偵さんのこと、さらに信頼してしまいます」
「へへへ。そう、なんだ。しんじゃい、そう」
「はいはい。ちゃんと死なないように食べてくださいね」
それから、助手はリュックに入れていたアウトドア用品を取り出し、お湯を沸かしてカップラーメンを作った。
「うーん。びみ、びみ」
「本当にカップラーメンが好きですよね」
「つくるの、らく。ほぞん、らく。たべるの、らく。おいしい。かんぺきっ!」
「じゃあ、箸で食べる勉強をしてください」
「ふぉーくで、じゅうぶん」
フォークの持ち方も逆さで、まるで赤ん坊のようだ。
助手はまるで出来の悪い子供を見るような目で、その姿を見ている。
5分も経たずに食べ終わった探偵は、スクッと立ち上がった。
「よし、つぎ、いこう」
「もうですか?」
「うん、はやく、みつけたい、から」
「……はいはい。わかりましたよ」
助手は呆れながらも腰を上げ、シングルバーナーを片付けた。
それからはひたすら、同じことの繰り返し。
レインコートを脱いでは探して。
レインコートを脱いでは探して。
レインコートを脱いでは探して。
助手も探偵も回数を数えることをやめて、無心で捜索を続けていく。
そして、徐々に空も白いできた頃。
ついに、その時はやってきた。
「…………いた」
探偵が呟くと、なにもなかった場所に、うっすらと人影が現れはじめた。
最初はピントの合わないカメラのようにぼやけていたが、徐々にはっきりと見えるようになっていく。
助手はスマホを取り出し、確認する。
画面に映っているのは、一ノ瀬依頼人から譲り受けた写真だ。
「顔、服装、一致しています」
「……うん」
陽が昇り始め、動物のあくびが聞こえるような朝方。
一ノ瀬いちごは涙を流しながら、