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第4話 月明かりと肋骨

 月明かりが、肋骨を照らしている。


 暗闇に満ちた森の中。

 一ノ瀬いちごが行方不明になった場所。

 山道から離れた場所で、探偵は目をつむっている。


 肌を外気から守っているものは、長靴だけ。それ以外は何も身に着けていない。

 胸元では、一ノ瀬依頼人からあずかった子供用の靴が握られている。


 風が吹き、銀髪が草のように揺れる。

 彼女の足元には100均で買った懐中電灯が置かれているが、それだけではあまりにも心もとない。


 探偵の体はほとんど動いていない。

 祈りとも違う。

 五感で感じ取れない何かを探しているようにみえる。



「んー。だめ」



 探偵ががっかりしたように呟くと、ガサガサと、木の裏に隠れていた助手が顔を出した。



「おつかれさまです」



 助手からレインコートを受け取った探偵は、居心地が悪そうに袖を通していく。



「あんまり、みないで、ね?」



 助手は「わかっていますよ」と言いながらも、肋骨から視線を外さない。

 しかし、いやらしいものを見る目というよりは、芸術品を見る目に近い。



「わたし、からだ、だめ、でしょ?」

「そんなことないですよ。無駄のないすばらしい体です」

「でも、いらいのひと、おおきかっ、た」

「あー。確かにそうですね。とてもおっぱいがふくよかでした。バインバインのボインボイン。まさに世の男の理想ですね」



 助手は心の中で『まあ、オレは脂肪が苦手ですが』と付け加えた。



「ほんとに、おっき、かった」

「あ、探偵さん、ヨダレ垂れてますよ」

「もみ、たかった、なー」

「いや、何を言っているんですか?」



 探偵は陶器のようにキレイな指を下品に動かしながら、ニタニタしはじめた。


 しかし、冷たい視線を向けられた瞬間にハッとして、そそくさと歩いていった。

 助手は怪訝な視線を送りながらも、その後についていく。


 それからしばらく歩いた後、探偵はまたレインコートを抜いて、目をつむりはじめた。

 しかし、今回も見つからなかった様子だ。



「ふべん、だなー」

「人間の体がですか? 中二病ですか?」

「ちがう、よ?」



 探偵は夜空を仰ぐ。

 街中では到底お目にかかれないほど、満天の星空だ。



「この、せかい、ふべん」

「やっぱり中二病じゃないですか」

「ちがう、よ!」



(すっかり、中二病が悪口だと認知されてしまったなぁ)



 助手は出会ったばかりの時に『中二病』と言いまくっていたことを思い出して、しみじみとした。



「まりょく、うすい。はだか、じゃないと、たましい、みつから、ない」

「オレにはよくわからない話ですね」

「まりょく、ない、と、ねくろまんす、つかえ、ない」

「この幽霊を探している力もネクロマンスでしたっけ?」



 ネクロマンス。

 つまりは死霊術。

 死んだ人を生き返らせたり、アンデッドに変える力。

 根黒マンサはもっと幅広い力を使用することが可能だ。



「そう。わたし、ねくろまんす、しか、つかえ、ない」

「でも、結構便利そうじゃないですか」

「あっちの、せかいなら、なぁ」



 探偵は自分の生まれ育った世界に想い馳せているのか、月をじっと見つめている。

 助手はその横顔に一瞬見惚れたあと、悔しそうに舌打ちをした。


 それから2人は3か所ほど回って、魂をさがした。


 しかし。



「うーん。ここにも、いない、かな?」

「足を踏み外した場所からかなり離れましたけど」

「じかん、たちすぎた、かも」

「見つかりませんか?」

「ぜったい、みつける」



 助手はとっさにスマホを取り出して、時刻を確認した。

 捜索をはじめて、すでに3時間が経とうとしている。



「休まなくていいんですか? カップ麺を用意してますよ?」

「ぬ、ぬぬぬ……」



 カップラーメンと聞いて、悩みだす探偵。



「でも、はやく、みつけて、あげたい」



 ふたたび歩き出したけど、彼女の足元はおぼついていない。

 それを見逃す助手ではなかった。



「カップラーメン、限定品ですよ」

「げん、てい……?」



 ピクリと反応して、立ち止まる探偵。



「それに、オレがつかれたんですよ。ここで一緒にカップラーメンを食べてくれたら、とても助かります。見直してしまいます」

「そう、なの?」

「もちろんです。探偵さんのこと、さらに信頼してしまいます」

「へへへ。そう、なんだ。しんじゃい、そう」

「はいはい。ちゃんと死なないように食べてくださいね」



 それから、助手はリュックに入れていたアウトドア用品を取り出し、お湯を沸かしてカップラーメンを作った。



「うーん。びみ、びみ」

「本当にカップラーメンが好きですよね」

「つくるの、らく。ほぞん、らく。たべるの、らく。おいしい。かんぺきっ!」

「じゃあ、箸で食べる勉強をしてください」

「ふぉーくで、じゅうぶん」



 フォークの持ち方も逆さで、まるで赤ん坊のようだ。

 助手はまるで出来の悪い子供を見るような目で、その姿を見ている。


 5分も経たずに食べ終わった探偵は、スクッと立ち上がった。



「よし、つぎ、いこう」

「もうですか?」

「うん、はやく、みつけたい、から」

「……はいはい。わかりましたよ」



 助手は呆れながらも腰を上げ、シングルバーナーを片付けた。



 それからはひたすら、同じことの繰り返し。


 レインコートを脱いでは探して。

 レインコートを脱いでは探して。

 レインコートを脱いでは探して。


 助手も探偵も回数を数えることをやめて、無心で捜索を続けていく。


 そして、徐々に空も白いできた頃。

 ついに、その時はやってきた。



「…………いた」



 探偵が呟くと、なにもなかった場所に、うっすらと人影が現れはじめた。

 最初はピントの合わないカメラのようにぼやけていたが、徐々にはっきりと見えるようになっていく。


 助手はスマホを取り出し、確認する。

 画面に映っているのは、一ノ瀬依頼人から譲り受けた写真だ。



「顔、服装、一致しています」

「……うん」



 陽が昇り始め、動物のあくびが聞こえるような朝方。


 一ノ瀬いちごは涙を流しながら、裸足はだしで歩いていた。

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