『ここ……どこ……?』
小さな女の子、一ノ瀬いちごは、とぼとぼと歩いている。
中学生に見えるほどに大人びて見える。
見た目。
服装。
何もかもが、事前に集めた情報と一致している。
「大丈夫?」
助手はできるだけ優しい笑みを浮かべながら近づく。
しかし、一ノ瀬いちごに気づく気配はない。
『まま……ぱぱ……こわい、こわいよ……』
助手は自然と、近寄るスピードが速くなる。
『かえりたいよ……こわいよ……さむいよ……おなか、すいた……』
「もう大丈夫だから。いちごちゃん」
助手の手が小さな体に触れようとした瞬間――
「……ぁ」
すり抜けて、体勢を崩した。
一瞬呆然とした後、とっさに探偵の顔を見る。すると、特に表情のない顔をしていた。
「ゆうれい、はなせ、ない。さわれ、ない」
「わかっています。でも、放ってはおけないでしょう」
「もう、しんで、る。たましい、ほんたい、ここ、いない」
「…………」
助手はあえて無視して、一ノ瀬いちごの幽霊を追いかけていく。
探偵は不思議そうに小首を傾げながら、後に続いた。
『もういやだよ……つかれた……』
一ノ瀬いちごの幽霊は、泣きながらも歩き続けている。
「これって、実際に彼女がしていた行動のリプレイなんですよね?」
「りぷ、れい?」
「えっと、再現です」
「あー。そう、だよ。たましいの、きおく、さいげん、してる」
(じゃあ、彼女の姿から情報を読み取れるかもしれない)
助手は懐中電灯で幽霊を照らしながら、つぶさに観察していく。
最初に目が留まったのは、足元。
「
「くつ、おちてた、って」
「でも、靴下まで脱いでいるのは不自然です」
「くつした、いっしょ、ぬげ、た?」
「流石にそれは無茶がありそうですが……」
さらに一ノ瀬いちごの体を詳細に見ていく。
顔。泥で汚れている。
腕。異常なし。
胴。何回か転んだのか、酷い有様だ。
膝。
「……あ」
靴下をみつけた。
2枚をつなげて左膝に巻かれており、さらには血に染まっている。
「ケガをして、包帯の代わりにしたんでしょうか。賢い子です」
「でも、ばいきん、こわい」
「たしかに。衛生の問題が……。でも、それ以外に選択肢がなかったのかも」
「ふく、ちぎれば、いい」
「普通の女の子は服をちぎる力なんてありませんよ。大人の男でも簡単ではありません」
「このせかい、ひと、なん、じゃく」
(リュックは失くしたのだろうか)
探偵の嘆きを無視して、考察に集中する。
リュックがないという状況は深刻だ。
食料も飲み水もないという状況。
歩けば歩くほど体力が減り、ケガのリスクも高まっていく。
それでも足を止めないのは、同じ場所にいるのが怖いからかもしれない。
正常な判断をするには、まだ幼すぎる。
(ここからそんなに遠くにはいけないはず)
次の瞬間、助手の脳裏に浮かんだのは様々なイメージ。
飢え。
動物。
病気。
事故。
山での死因なんていくらでもある。
どれも悲惨的で、それらを吹き飛ばすみたいに、助手は頭を振った。
『え……うそ……』
一ノ瀬いちごの幽霊が呟いた。
表情は絶望に染まっているが、まだ生きる気力があるのか、木の下へと駆けていった。
「かみ、ぬれて、る」
「行方不明になってすぐ、大雨に降られたそうです。そのせいで捜索が難航したと」
「これ、きれば、いいのに」
探偵が指さしたのは、今自身が身にまとっているレインコートだ。
「普通の人はレインコートを常時身に着けようとしませんよ。必要な時だけ着るものです」
「えー。べんり、なのに」
「蒸れるし汗を吸収しないし、すぐ破けるし、普段使いには適さないんですよ」
「このちいき、あめ、すぐ、ふる。いつも、そなえる、だいじ」
「まあ、ずっとここに住んでいる人は慣れていますからね」
話が逸れながらも、助手の視線は幽霊から離れていない。
しかし、前触れもなく、瞬きをする暇もなく、一ノ瀬いちごの幽霊は姿を消した。
「…………きえた」
「ここまで、みたい。ねちゃった、のかな?」
「また魂を探す作業ですね」
「でも、ちかくに、ある、はず」
探偵は少し早足で進みはじめたが、数歩で足を止めた。
「……あ。あそ、こ」
よく目を凝らせば見えるほどの距離に、木の板が見えた。
「小屋、ですかね?」
「かん、けい?」
「ええ。可能性は高そうです」
近づくと、木製のプレハブ小屋だった。
窓はカーテンで閉められており、中の様子は見えない。
ところどころ穴が開いており、こまめに管理されている気配はない。
(人の気配はない)
しかし、油断はできない。
助手は慎重に耳を澄ませ、ドアを少しずつ開けていく。
この小屋には何がいるかわからない。
殺人鬼や人食いクマが住んでいてもおかしくはない。
押すと、わずかに
(この臭いはなんだ?)
おもわず眉間にしわが寄るような悪臭だった。
さらに警戒心を強めて、ドアを――
「えいっ!」
「ちょっと!?」
バン、と。
しびれを切らしたのか、探偵がドアを一気に開けてしまった。
「おー」
「何をやっているんですか、危険があぶない――」
「くさって、る」
「え?」
助手はとっさに部屋の中を懐中電灯で照らしてしまい、すぐに後悔した。
「――っ!」
人が壁に寄りかかりながら座っている。
しかし、明らかに生きてはいない。
生きているはずがない。
腐りかけの死体を前に、助手は口元をおさえた。
大人のサイズで、男性の骨格。
明らかに一ノ瀬いちごの死体ではなかった。