助手は今まで、探偵の力は何度も目にしてきた。
死体を甦らせたり、幽霊を見つけたり、ネクロマンサーらしい力にはすでに慣れはじめていた。
しかし、今回はレベルが違う。
神を彷彿とさせるような超常現象だ。反則的な
「かこ、さいげん、した」
「……え?」
探偵が弱々しい声で説明していく。
「いちごちゃん、しんだ、あたり。でも、ふかんぜん」
「探偵さん、顔色が悪いですよ」
「むじゅん、みつけ、て。まりょく、つきると、こわいこと、おきる、から……」
聞こえていないのか、それとも余裕がないのか、助手の問いかけには答えない。
「かんせい、すれば、あえる」
「どういう意味ですか?」
「じょしゅ、なら、だいじょう、ぶ」
それだけ言い残すと、探偵は気を失ってしまった。
助手は心配になって、彼女のおでこに手を当てる。
「……すごい熱だ」
明らかに、この状況を作り出しているのが原因だろう。
いくらデタラメな力を持っていても、今回のデタラメはデタラメすぎたのだろう。
「オレが危険って言ってたけど、お前の方が負担デカいだろ、これ」
苦しそうにする探偵の顔を見れば見るほど、助手の顔が歪んでいく。
「あーもー! 早く終わらせて、説教してやらないと」
冷静になるために、深呼吸を繰り返す。
大丈夫だ。
オレは神童と呼ばれていた。
記憶力には自信がある。
探偵さんが頼りにならなくても、全く問題にならない。
息を吸って吐くたびに、助手は自分に言い聞かせる。その後「よし!」と勢いよく叫んだ。
「過去を再現したって言ってたよな。それで、不完全だから完成させて、とも」
周囲を見渡す。
時間がさかのぼった小屋。
その中で、明らかに存在してはいけないものを見つけた。
(明らかに、画家の死体は
おっかなびっくりで触れると、死体は泡になって消えていった。
正解だったのだろう。
泡は徐々に形を変化させていき、2人の人間に変わった。
画家と一ノ瀬いちごだ。
『ねえ、パパ!』
『……なんだ?』
キャンバスから目を離さないまま、画家は返事をした。
『わたしのママって、どんな人だったの?』
無邪気な質問だった。
しかし、穏やかだった画家の表情が変貌した。
『その話はするなっ!!!!!!!』
『ごめんなさい。でも、どうしても知りたくて――』
画家は一ノ瀬いちごの頬をバンと叩いた。
『お前はずっと、パパの娘だ。生まれた時からずっと。それだけのことだ。わかったか!?』
『うん、ごめんね、パパ』
『でも、記憶がないって怖い……』
『大丈夫だ。お前はだから、記憶を取り戻す必要なんてないんだ』
『……うん』
会話が終わると、2人は泡になって消えていった。
(なんだったんだ? ……いや、そうか)
おそらくは、過去にあった出来事なのだろう。
正解することで、過去をリプレイすることができる。そういう空間なのだ。
(だけど、まだ終わらないということは、他にも矛盾があるということだよな)
改めて、部屋中に視線を滑らせていく。
目につくのは、白無垢の絵。
そして、日記帳だ。
(日記を少し見てみよう。まだヒントがあるかもしれない)
軽い気持ちで手を伸ばして――
次の瞬間、周囲が一瞬、真っ黒に染まった。
「ぁ……あぁ……」
突然、探偵が苦しそうなうめき声をあげだした。
とっさに調子を確認すると、先ほどよりも顔色が悪くなっていた。
(まさか、触ったせいで選んだ扱いになったのか!?)
そのせいで、探偵の負担が増してしまった。
おそらくはそういうことなのだろう。
もっと慎重に動かないといけない、と助手は身構える。
もう一度見渡しても、特に目につくのは白無垢の絵しかない。
(亡くなった後に描く理由があるのか?)
頭の中で、情報を、疑問を、整理していく。
(なんでいちごちゃんは死んだ? 少し歪だけど、家族愛があるように見えたのに。いちごちゃんの死体はどこに行った……?)
いくら考えても、答えが出てこない。
いつ、探偵の限界がくるかもわからない。
自分の無能さに嫌気が差す。
焦燥感と無力感だけが膨れ上がっていき、悔しさで下腹部がざわざわと泡立つ感覚に襲われた。
(いっそのこと、一か八かに出るか!?)
いや、そんなことをしていいわけがない。
探偵の信頼も、努力も、すべて踏みにじることになってしまう。
だけど、何もいい案が浮かばない。
思考が毛糸みたいに絡んで、がんじがらめになっていく。
積もり積もった感情が爆発し、頭が真っ白になってしまった。
もう手詰まりだ。
そう思った瞬間。
――それだよ。
声が聞こえた。
小さい頃。助手が神童と呼ばれていた時代。
よく聞こえていた声だ。
助手は何度も、この声に助けられてきた。
この声に従っていれば、テストで満点を取ることができた。
どんな苦境も乗り越えることができた。
――その絵。
助手は、声に従って白無垢の絵をよく観察してみることにした。
触らないように気を付けながら、顔を使づけていく。
「なんだか、この白の絵具、異様にザラザラしていないか?」
他の絵具とは、明らかに質感が異なる。
さらには。
「…………香ばしい、匂い……?」
いや、こんな臭いなんてするはずがない。
幻だ。
しかし、一度意識してしまうと、鼻の奥にこびり付いて取れない。
ある想像が頭から離れなくなって、助手の心臓が嫌な音を上げた。
(ありえない、よな? そうであってくれ)
桜の下には、死体が埋まっている。
桜には、その迷信を信じさせてしまうほどの美しさを持っている。
なら、目の前の絵は?
これほど美しい絵は、一体何を――。
(外れていてくれ。お願いだから、間違っていてくれ)
手を伸ばしていく。
白無垢の絵へと。
指先とキャンバスの距離が近づくにつれて、心臓が高鳴り、唇が乾いていく。
本当なら、今すぐに指を引っ込めたい。
しかし、助手の中に芽生えた好奇心がそれを許さない。
答え合わせをしないと気が済まない。
抗いようのない
「――っ!」
震える指先と、絵画。
二者が触れた瞬間、異変が起きた。
小屋が壊れていく。
壁紙がはがれるみたいに、真っ白の空間へと変貌していき、周囲をまばゆい光が包んでいった。