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第9話 キレイな靴でなら帰れる

 まぶたを開けると、真っ白な空間にいた。

 口の中には、銃口を入れられていた感覚がまだ残っている。



(さっきのは……。いちごちゃん……?)



 助手は悪夢を見た後のような居心地の悪さを感じながらも、周囲を見渡す。


 すると、少女の影を見つけた。

 おそらくは一ノ瀬いちごなのだけど、写真と比べて大人びて見える。

 行方不明になってから約2年。成長しているのだろう。



『おじさん、誰?』



(オレのことが見えるのか。なら、会話もできるか?)



 助手は目線を相手に合わせながら、一ノ瀬いちごにゆっくりと近づいていく。



「俺は名探偵の名助手。ぴっちぴちのおにいさん・・・・・。きみは一ノ瀬いちごちゃん、だよね?」

『探偵!? 本当にいるの!?』

「一ノ瀬恵子さんに頼まれて、君を探しに来たんだ」



 母親の名前を耳にして、彼女は目を大きく見開いた。



『ママ!? 本当に!?』

「うん。とっても優しくて、きれいな人だよね」

『ママ、元気にしてた?』

「元気そう……にはあまり見えなかったかな。寂しそうだった」

『わたしのこと、何か言ってた?』

「とってもいい子だった。自慢の娘だったって」

『…………』



 一ノ瀬いちごはどこか遠くを見ながら、アンニュイな息を吐いた。



(こんな顔、子供にさせたくないよな……)



 助手は歯がゆさを感じながら、出来るだけ優しい笑顔を取り繕う。



「帰りたい?」

『……うん。でも、帰っていいのかな?』

「どうしてそう思うの?」

『わたし、ママのこと忘れてたの……。そんなの、嫌われて当たり前だよね』

「そんなことはないと思うよ。」

『……靴もなくしちゃったし。もう歩きたくない。帰るのが怖い』



 彼女の足を見ると靴も靴下も身に着けていなかった。

 それどころかボロボロで、歩くだけでも痛そうだ。



(……そうだ)



 素早くリュックを漁って、あるものを取り出す助手。



「これならどう?」



 助手が取り出した物を見て、一ノ瀬いちごは「あっ」と声をあげた。



『わたしの靴っ! どうして!?』

「君のママから預かってきたんだ」



 まるで宝石箱みたいに受け取ると、一ノ瀬いちごは大事そうに黄色の靴を抱きしめた。



『……すごく、キレイ』



 ガラスの靴を履くみたいに、慎重に履いていく。

 しかし、すぐさま苦しそうに顔をしかめた。



『ちょっときつい』

「……歩ける?」

『うーん。ちょっと大変かも。でも、この靴で帰りたい。この靴だったら、胸を張れると思う』

「そうだね」



 次に顔をあげた時には、どこか安心したような、晴れやかな笑みを浮かべていた。



「じゃあ、帰ろっか」

『うん!』



 女の子の、小さな手を引く助手。

 しかし、その胸の中には、舌を噛みちぎりたくなるような嫌悪感を抱いていた。






◇◆◇◆◇◆◇◆





 気が付けば、助手は小屋に戻っていた。

 最初に視界に映り込んだのは、白無垢の絵。



「――っ!」



 一気に衝動が湧き上がり、助手の表情が変わった。

 最初見た時とは、この絵を広めないとと思ってしまっていた。

 しかし、今抱いているのは全く別の感情だ。



「……ん」



 探偵の声が聞こえて、少し冷静さを取り戻した助手は深呼吸をした。



「探偵さん、起きましたか?」

「あ、じょしゅ、くん」



 最初は寝ぼけていたルビーの瞳が、徐々にはっきりとしてくる。



「おわった、の?」

「はい。見つかりました」

「いちご、ちゃん。いちごちゃん、とどけ、ないと」



 探偵はただ純粋に、その言葉を口にしたのだろう。

 しかし、助手は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。



「どうした、の?」

「この絵ですよ」

「……え?」



 彼の口から出たのは、絞り出したような声だった。



「この絵が、いちごちゃんです」

「たしかに、かお、いっしょ」

「そうじゃないんですよっ!!!!」



 思わず、叫んでいた。



「この絵はとっても美しい。だけど、こんな絵は存在しちゃいけないんだ」

「なにを、いいたい、の?」

「画家はいちごちゃんを殺した後、彼女の骨を画材にしてこの絵を描いた。それが、今回の真実です」



 言い切った後、助手は無意識に拳を振り上げていた。

 しかし、すぐに探偵が前に出てきて、すんでのところで止まった。



「そっか。ここに、いたんだ」



 探偵が、絵に語り掛けていく。

 優しく、温かく、包み込むように。



「だい、じょうぶ」



 確信に満ちていて、とっても頼もしい声音だった。



「ねえ、もどり、たい?」



 問いかけても、絵は答えない。

 答えるわけがない。



「……うん、そっか」



 それなのに、本当に話しているように、助手の目には映った。



「かえ、ろう」



 次の瞬間、絵は淡い光に包まれた。

 白の絵具ははがれていき、粉へと変わり、形を成していく。


 まるで逆再生しているみたいに。



「うん、いい、こ」



 探偵の目の前には、いつの間にか骨が置かれていた。


 女の子ひとり分の、骨。



(デタラメすぎるだろだろ)



 助手が唖然としていると、探偵は彼に微笑んだ。



「じょしゅ、くん、ありが、とう」

「オレに褒められるところがありますか? 探偵さんに比べれば、オレのしたことなんて高がしれてますよ」

「じょしゅ、くん、がみつけて、くれた」

「そんなの、偶然ですよ」



 プライドが傷つけられたのか、ニヒルに笑う助手。



「いそいで、くれた、から、できた」

「結果論です」

「でも、うまく、いった。じょしゅくん、いないと、だめ、だった」



 助手は言い返そうとして探偵の顔を見た瞬間、呼吸を忘れた。



「じょしゅ、くん、ありがとう」



 お世辞ではない。

 褒めているわけでもない。

 彼女の表情には、純粋な感謝の心だけがにじんでいた。 

 元々の美貌も相まって、どんな名画にも勝っている。少なくとも、助手にとっては。



「まあ、その言葉は素直に受け取っておきましょう」



 助手は顔をわずかに諦めながら、照れ隠しをするように骨を集めはじめた。

 探偵は少し不思議そうな顔をしながらも、それを手伝う。


 骨を拾っているのに、どこか温かい雰囲気が2人を包んでいる。



 しかし、この時の2人は想像だにしていなかった。


 数分後、とんでもない理由で大喧嘩することになるなんて……。

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