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第11話 気づいてる 後編

 空を見上げると、すでに夕焼けに染まっていた。

 あてどなく歩き続けてたどりついたのは、住宅街。

 普段は絶対に歩かない場所だ。


 知らない家々が立ち並び、知らない子供たちが走っている。

 ちょっとした別世界に思えて、助手は爽やかな息を吐いた。



(オレ、このまま探偵の助手を続けていけるかなぁ。まあ、助手と名乗りながら、推理しているのはオレだけど)



 助手の脳裏に浮かんだのは、暗い森の景色。

 そこで縄を結ぼうとしていた。

 足元には椅子。

 生きるのに嫌気が差して、首を吊ろうとしていた。


 そんな時、突然現れたのが銀髪の美少女——今の探偵だった。


 なぜか裸で、まともに言葉が話せなくて、現実離れしたかわいさにあふれていた。

 しかし、彼女の顔はつらそうに、そしてとても寂しそうにしていた。


 だから、手を差し伸べた。

 人生の最期に、この子を助けよう。そう思って。


 いや、それだけではない。

 もっと打算的な思惑もあった。



(もう、あれから一年か)



 助手は小さな公園を見つけて、ベンチに座り込んだ。

 子供たちが元気に遊んでいるが、今どきとしては珍しく、ヒーローごっこをしている様子だ。



(ビッグに――ヒーローになれると思ったんだけどなぁ)



 小さいころからの夢だった。

 ヒーローになりたい。

 誰かを救える人になりたい。

 ついでに、チヤホヤされたい。美人と結婚して、幸せに暮らして、子供も5人作って、何不自由ない生活をしたい。


 そのきっかけは、誰かを助けて感謝されたことだったと、助手は記憶している。



(あれ、誰を助けたんだっけ)



 もはやそんなことも思い出せないことに、思わず鼻を鳴らした。



(オレ、これでも昔、神童ってもてはやされていたのに……)



 たしか、その誰かを助けた後ぐらいだろうか、と助手は自分の黄金期を思い出し始めた。


 どんな問題も簡単に解くことができた。

 テストで満点を取ることなんて簡単だった。


 頭の中で聞こえる声があって、それが全てを教えてくれていたのだ。


 しかし、成長するにつれて、その声は聞こえなくなり、落ちこぼれていった。



(あの頃に戻りたい。だけど――)



 ふと、脳裏に探偵の顔がチラついた。

 さっきの喧嘩の一幕までも思い出してしまい、自然と顔をしかめる。



(価値観が違うのはわかるけど……。あいつはどう考えても〝悪〟だろ)



 気分転換に公園を見渡すと、男の子が3人がかりで1人の男の子を叩いていた。

 おそらくは、叩かれている男の子は『怪人役』なのだろう。他の3人が『ヒーロー役』。

 怪人なんだからもっと頑張れよ、戦えよ、怪人なんだから叩いていいだろ。泣くんじゃねえよ。そんな言葉がかすかに聞こえた。

 きっと、本人たちは純粋に楽しんでいるだけなのだろう。


 助手は大きな舌打ちをして、軽くにらみつけた。

 すると、ヒーロー役だった3人はバツの悪そうな顔をして、怪人役の男の子に手を伸ばして、謝りだした。



(悪い子たちじゃなさそうなんだけどな)



 勝手に貧乏ゆすりをしていた右足を押さえつけて、もう一度舌打ちをした。



「はあぁ、ガキだ」



 空を仰ぐと、夕日に染まった雲が目に入った。

 一瞬、白無垢の絵が重なる。



(そういえば、何で画家は死んだ?)



 死ぬ理由があっただろうか。

 自殺するにしても、どうやって死んだのかがわからない。

 外傷も見当たらなかった。腐っていたとはいえ、わかるはずだ。


 餓死と考えれば、一応は筋が通る。

 1か月前に一ノ瀬いちごを殺し、3週間で絵を完成させて、亡くなった。

 作成途中に食事を摂らなかったのなら、説明がつく。


 しかし、果たして人間は食料を手に入れる手段があるのに、餓死を選べるだろうか。


 どうしても、納得できない。

 画家がそこまで一貫した、高尚な人物とは思えない。

 それどころか、もっと独善的な性格をしていたはずだ。記憶喪失の少女を拾って、自分の娘として平然と育てて、記憶を取り戻したら殺すなんていうことをする人間なのだ。


 それに、魂が壊れていた。死ぬよりも怖い目に遭っていたはず。



(……他殺?)



 そもそも。

 なんで他に人がいないと考えていたのだろうか。

 いくら山の奥とはいえ、わずかな可能性はある。



(まあ、もう考えても仕方がないことか。いちごちゃんがみつかって一件落着。それで十分だろ)



 助手は思考を打ち切って、ベンチを立った。


 すると――



「すこしよろしくて!」



 ふいに声を掛けられて、助手は思わず「何ですか?」と応えてしまった。



(面倒なことにならなければいいが)



 少し身構えながら振り向くと、助手は言葉を失った。


 そこにいたのは、金髪の少女だった。

 とても高貴な顔立ちをしているが、最も特徴的なのは、サファイア色の瞳。とてもキレイなのに、まるで装飾品のように冷たい印象を受ける。そして、瞳がまったく動いていない。

 身に着けているのは近所の公立高校のセーラー服。だが、体の端々からは気品があふれている。

 そして、おっぱいが大きい。



(すごいかわいい子だ。白人か?)



 金髪少女は、上品に微笑む。



「あなた、人を殺したことはありまして?」

「突然なんですか? そんなこと、あるわけないでしょう」

「あら。それにしては、随分と心がお汚れになっているご様子」



(なんなんだ、こいつ?)



 助手は不信感を覚えたが、不思議と憎みきれなかった。

 まるで、心を操られているみたいに。



「もし。なにかあったのではないのですか? 人を殺したいほどの何かが。もし手を汚したいのでしたら、わたくしも力添えいたしますわよ?」

「そんな大層なことじゃないですよ。ちょっとパートナーに腹を立てているだけです」

「あら、素敵なことではないですか。そうやって仲を深めるものですわよ」



 金髪少女は横にいた男の手を引っ張って、腕を組んだ。



「どうですか? わたくしのパートナー! とっても素敵でしょう?」



 確かに顔立ちは整っている。助手は男の顔を覗き込んで、ギョッとした。



「あ……うぁ……ぁ……」



 口はだらしなく開き、よだれが垂れている。

 肌は蒼白で、目も虚ろ。

 まるでゾンビのようだった。


 そして、助手は十年来の友人に再会したかのような懐かしさを感じていた。



「あら、随分と具合がよろしくないご様子。家に帰って介抱してあげますわね」



 外にあるにもかかわらず、パートナーの頬にキスをする金髪少女。

 助手は衝撃のあまり、うろたえることもできなかった。



「それでは、ごきげんよう」

「ちょっと待てっ!」

「そうでした。もし人を殺すようなことがあれば、わたくしの前に現れてくださいね」



 それだけ言うと、優雅に歩いていった。



(なんだったんだ?)



 疑問に思う暇もなく、また声が聞こえてくる。



――追って。



 今度は、外からの声ではない。

 頭の中でしか聞こえない声。



――追ってっ!!



 神童時代の声。

 今までは答えをくれるだけで、命令されることなんて一度もなかった。



――追ってっっっ!!!!!!!



 意味もわからず、助手は走り出した。

 しかし、すでに2人の姿はなくなっていた。


 もう頭の中で声が聞こえることもない。



「なんなんだよ、一体……」



(でも、さっきの出来事、よくよく考えれば大したことないよな?)



 徐々に、そんな考えで頭が塗りつぶされていく。

 キレイな少女に殺人を勧められたことも、男がゾンビのようになっていたことも、大したことはない。

 ドラマやアニメでよく見るような展開だし、わざわざ気に留めることじゃない。



「さっきまでのオレがどうかしてたな。うん、間違いない。絶対にそうだ。大したことない」



 ふと、チャイムが聞こえた。

 夕焼け小焼け。

 17時半を告げるチャイムだ。



「やばい。こんな時間だ。あいつ、お腹が空くと不機嫌になるからなぁ」



 助手は冷蔵庫の中を思い出しながら、根黒探偵事務所に帰るのだった。



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