目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第19話 依頼 その2

 旅館のある一室に招かれた探偵達は、目を輝かせていた。


 目の前に広がるのは、青々しい山と涼やかで滋味あふれる川。

 旅館の最上階。

 絶景の特等席。



「おおー。絶景ですね。さすが西空無礼先生のお気に入り。代表作の『白昼夢』の舞台、もしかしてここだったり!?」

「正解です。よくお分かりになりましたね」

「なにせ、オレは大ファンですから。西空無礼先生の描写が巧みだからこそ、すぐに理解できたんですよ」



 二階堂依頼人は、嬉々とした表情を浮かべる助手を前に目を細めた。



「それは素晴らしい。西空無礼先生があなたのような探偵助手の存在を聞いたら、大変喜ぶことでしょう」

「おだてるのが上手ですね。それも編集者としての技能ですか」

「執筆意欲を掻き立てるのに、かなり効果的ですから。まあ、西空無礼先生は少々変わっておりましたが」



(文体はすごく素直なのに、偏屈な人だったんだな)



 助手は嬉しいような、寂しいような心持ちになって、眉を複雑に曲げた。



「それで、行方不明になった経緯を聞いてもよろしいですか?」

「ああ。失礼致しました。少々閑話が長すぎましたね」



 こほん、と咳ばらいをする二階堂依頼人。



「西空無礼先生は、人生最後の作品を執筆すると言って、この部屋に籠もち始めました。それが約半年前のことです」

「最後、ですか?」



 助手はショックで喉を鳴らした。

 ファンとしては、死ぬまで執筆を書き続けてもらえるのが理想だ。



「ここ数年の先生は常々口にしています。この作品を最後にする、と。結局、すぐに次作に取り掛かっていましたが。生きている限りはミステリー小説を書き続ける。あの人はそういう生物でした」

「生物とは、中々鋭い物言いですね」

「人間である前に、小説家である。物語を書かずにはいられない。専業作家とは得てしてそういう人間なので、」

「ファンとしては嬉しい限りです」

「少し変わっていて、頑固な人でした。」



 助手は一瞬驚いたように目を見開いた。



「何を言っているんですか。まだ亡くなったとは決まっていませんよ」

「……失礼いたしました。先ほどの言葉は忘れて頂けると助かります」



(見た目からはわからないけど、結構メンタルが弱っているのか? それとも……いや、そんなミステリーの定番・・・・・・・・が現実で起きるわけがないし、ありえない)



 助手は一瞬あることを疑ったものの、すぐに切り替えた。



「それで、いつどのような状況で、被害者は失踪したのでしょう」

「ほとんど1か月前のことです。私は定期的に先生の様子を確認しにきていたのですが、その時には姿がありませんでした」

「行方不明に気づいたのは二階堂さんなんですか?」

「はい。最初は飲みに行っているのだと思い、先生行きつけの大衆酒場に連絡を取りました。しかし、どこにもいない。電話を掛けても繋がらず、そのまま3日ほど過ぎて、失踪だと判断しました」

「……なるほど」



 助手は聞いたことを素早くメモにまとめていく。



「警察に連絡はしましたか?」

「失踪届は提出しましたが、対応は芳しくありませんでした。事件性がない、と」



 助手は『これだから警察は』と心の中で悪態をつきながら、頭を軽く掻いた。



「西空無礼先生にご家族は?」

「奥さんがいらっしゃいましたが、20年近く前に他界しています。その他の親族も縁切っていると仰っていました。『あいつらは金と肩書にしか興味がないクズ共だ』とも」

「子供はいなかったのですか?」

「ひとり息子がいらっしゃったそうですが、そちらとも縁が切れているそうです。この失踪に際して連絡を取りましたが、もう関係ないの一点張りで、話も聞いて頂けませんでした」



(すごい嫌われていたのか)



 助手は念のため息子の連絡先を聞こうとしたが、やんわりと断られてしまった。



「今回の件に関わっていることはないと思います。それほどに嫌悪しているご様子でした。いいえ、嫌悪感ではなく忌避感と呼ぶべきでしょうか」

「……なるほど」

「他に訊きたいことはございますか?」

「いえ、一旦は大丈夫です」

「もし他にございましたら、遠慮なく声をおかけください」

「ありがとうございます」



 さっきまで景色を眺めていた探偵が突然、二階堂依頼人の横へと駆け寄った。

 話し終わるタイミングを見計らっていたのだろう。



「ねえ、あれ」

「あれ、ですか?」

「ああ。事前に連絡しました、行方不明者の私物です。思い入れがこもっている物品なら、さらにいいです」

「ああ、あれのことですか。しかと用意しております」



 取り出したのは、紙の束だった。

 いや、普通の茶色の束ではない。わずかに茶色く、規則正しく四角が並んでいる。



「昔、先生からお預かりした生原稿です」

「そんな貴重なものをいいんですか!?」

「いえ、諸事情があり」

「いやいやいや! 垂涎ものですよ!? 今すぐ読んでいいですか!?」

「じょしゅ、もくてき、ちが、う」



 探偵にたしなめられて、一気に落ち着きを取り戻した助手。

 いつもとは立場が逆だ。



「……すみません、取り乱しました」

「いえ、あなたのような人に捜査して頂けるのでしたら、力強いです。そこまで熱心なファンなら手抜きできないでしょう?」



 探偵はまるで殿様から下賜かしされる侍みたいに、生原稿を受け取った。



「これが何かヒントになるのですか?」

「すみません。それについてはお答えできません。オレ達のノウハウですので」



(ネクロマンスで使いますよ、なんて口が裂けても言えないもんなぁ)



 探偵が下手なことをいわないように目配せをする助手。

 彼女は意図を察したのか、小さく頷いた。


 同時に、もうひとつ重要なことを思い出した。



「すみません。先ほどあんなことを言った手前、言い出しにくいのですが……」

「なんでしょうか? 単刀直入でお願いします。前置きなんていう駄文は必要ありません」

「もし先生が亡くなっていた場合、どのようにしますか」



 二階堂依頼人は、息を呑んだ。

 さきほどまで饒舌だったのに、数秒、口をつぐんだ。


 そして、ようやく、重々しく口を開く。



「……先生が生前書いていた原稿があるはずです。それだけでも、見つけられないでしょうか。きっと、先生もそれを望んでいるはずです」

「わかりました。では、そのように動きます」



 現状では、これ以上知りたい情報はない。



「すみません。早速捜査を開始してもよろしいですか?」

「ええ、ぜひ。もしよろしければ、見学してもよろしいでしょうか。他に担当している作家先生の助けになると思いますので」



 助手は首を横に振った。



「すみません。色々と知られたくないノウハウというものがありまして……」

「申し訳ございません。不躾な申し入れでした」

「いえいえ。オレ達が少し特殊なだけですので」



 二階堂依頼人は少し残念そうにしながらも、部屋から出ていった。

 これで、助手と探偵、二人っきりだ。



「それで、探偵さん。どうですか? この原稿」

「うん、たましい、かんじ、る」

「……そう、ですか」



 助手は無意識に奥歯を噛みしめた。



「つまり、もう西空無礼先生はこの世にいないんですね」

「そうだ、ね」



 探偵が無機質な声で答えると、助手は「はあああぁぁぁぁぁ」と大きくため息をついた。



「ファンとして、ここまで損な役回り、無いですよ……」

「きりかえて、い、こう」

「そうですね。せめて、先生の遺作を見つけてあげないと」

「だ、ね」



 決意を新たに、視線を上に向けた瞬間。



「おー。絶景ねー」

「え!?」



 突然。

 本当に突然だった。


 2人は気配すら感じ取っていなかった。


 いつの間にか、一ノ瀬管理人が横に立っていたのだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?