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第20話 バツイチママゾンビ

 突然現れた一ノ瀬管理人と、それに驚愕する助手。



「なんでいるんですか!?」

「なんでって、娘がいるところに母親はいるものよ? それに、男と2人っきりで」

「いや、答えになってないんですけど……」

「あら、私にはこれ以上説明できることはないわよ?」



 不敵に笑う一ノ瀬管理人を前に、助手はため息をついた。



「オレ達は遊びに来たんじゃないんですよ。仕事です仕事。行方不明者を捜索しないといけないんです。仕事の邪魔をされたら、家賃も払えなくなってしまいます」

「あら、それは脅し?」

「ただの事実ですよ」



 一ノ瀬管理人と助手の視線がぶつかり合う。

 すぐに喧嘩でも始まりそうな雰囲気だ。



「大体、娘じゃないですよ。根黒マンサ先生はいちごちゃんじゃないです」

「じょ、しゅ」



 探偵にたしなめられても、助手の目つきは鋭いままだ。



(ここはきっぱり否定しないといけないだろ)



「そうね。そんなことはわかっているわ。いちごはもうこの世にいない。マンサちゃんはいちごとは違う」

「なら、なんで探偵さんを娘と呼ぶんですか?」

「これは仕方のないことなのよ? 私、マンサちゃんと離れ離れになったら死んでしまうから。これはもう、親子同然でしょう?」

「あ、そう、だった」

「いや、そんなわけないでしょう!?」



 意味が分からなくて、鼻息を荒くしている助手。

 彼のわき腹を、探偵がつついた。



「じょ、しゅ」

「なんですか!? 今、大事な話をしているんです」

「まま、ほんとうに、しぬ」

「……え?」

「はなれ、たら、しぬ」



 助手はしばらく、探偵の言葉を咀嚼できなかった。

 まま。つまり、一ノ瀬管理人が死ぬ。

 探偵と離れたら。


 健康な人間である限り、そんなことはありえないはずだ。



「どういうことなんですか!?」

「まま、いっかい、しんで、よみがえ、らせた、から」

「はああ!?」



 助手は思わず、探偵の方を掴む。



「じゃあ、この一ノ瀬さんはゾンビみたいなものなんですか!?」

「せいかく、には、きょんしー? でも、はんぶん、だけ」

「半分ってことは、完全に死んでないんですか?」

「うん。ちょっと、まにあわ、なかった、だけ。だから、まりょく、たまにわけない、と、しぬ」



 あまりにもショックを受けすぎてしまって、助手は近くの壁に寄り掛かった。



(……いつも会話していた人間がいつの間にかキョンシーになっていた件)



 しかし、キョンシーになった当の本人はどこか楽しそうに笑っている。



「そういうこと。だから、私は娘と離れられないの。ただ膝に乗せたり、抱き着いているだけだと思った? ちゃんと理由があったのよ」

「……なんで死んだんですか? 事故ですか?」

「自死しただけ」

「なんでそんなことをっ!!!」



 助手は今日一番の大声をあげた。



「簡単な話。私、一ノ瀬恵子は自分のためだけ・・・・・・・に生きられる人間じゃなかったってこと。もしいちごが生きていたら、帰る場所が必要。そんな存在意義もなくなっちゃった」



 自分が自死した理由を語っているのに、どこか他人事のような口調だった。



「自分独りだと寂しくて、なんのために生きているわけ。だって、そうでしょう? 今までの生活が一変して、守ってくれる人も、支えてくれる人もいなくて、今まで意識していなかった選択肢が押し寄せてくる。そんな状況に疲れてしまってもおかしくないでしょう?」



 助手は悔しさから、拳を強く握りしめた。



「いちごちゃんを必死に探したのは、前を向いて欲しかったからです。身内が行方不明になる苦しみを知っているから、それを少しでも取り除ければ、と」

「……あら、私の心があなたの思い通りに動かなかったことが、そんなに悔しいの?」

「そんなわけじゃないですよ。ただ、不可解に思えて、納得できないだけなんです」



 一ノ瀬管理人は、まぶしいものを見るように、目を細めた。



「それはきっと、手島くんにマンサちゃんがいるからよ」

「それは、どういう意味――」



 言葉の途中で突然、パンと音が響いた。

 一ノ瀬管理人が、勢いよく手を叩いたのだ。



「まあ、一応こんな感じで生きているんだからいいじゃない」



 そう言い切ると、彼女は探偵に抱き着いて「マンサニウム補給~~!」と軽くじゃれ合った。

 しかし、すぐに真剣な表情になった。

 落差がひどい。



「ねえ、手島くん、今回の事件も私みたいになったら、どうする?」

「どうって……」

「行方不明者を見つける。とってもすごい事よね。依頼人の心を助ける。随分高尚な考え。だけど、行方不明者を見つけたことで、誰かが死にたくなるほど苦しい目にあったらどうするの?」



 助手は迷いなく答えていく。



「そんなの、オレが責任を負う事ではないですね。そんなのは、隠れていた問題が表面化しただけです。その問題を解決していなかった、当人達が悪いんですよ」

「あら、意外と割り切っているのね」

「オレは依頼を受けて、捜索をするだけです。どんな結末になろうとも変わらない。オレは依頼人が捜索してきた勇気を尊重します」



 助手の言葉を聞いて、一ノ瀬管理人は皮肉っぽく笑った。



「尊重、ね。聞こえのいい言い方。簡単に責任を放棄できる、素敵な言葉ね」

「なんとでも言ってください。オレ達は探偵と助手です。ただ、それだけなんです」

「……そう」



 わずかにハニカんだ後、身をひるがえす一ノ瀬管理人。



「じゃあ、私は観光してくるから。マンサちゃんは何が欲しい?」

「うーん、おんせん、たま、ご」

「わかったわ。100個ぐらい買ってくるわね」

「そんなに、は、いらない、よ?」



 一ノ瀬管理人は部屋を出て行こうとしたのだが、何か忘れものを思い出したように振り向いた。



「ああ。最後に、忠告してあげる」

「なんですか?」

「あの編集者、かなりの嘘つきよ。罪悪感もなく嘘をつけるタイプ」

「なんの根拠があるんですか?」

「女の勘よ」

「勘って……」

「よかったわね。今回は依頼人のことで苦しむことはなさそうよ? じゃあ、行ってくるわねー」



 いうや否や、今度こそ部屋を後にした。

 まるで台風が去った後のような静けさの中、助手が口を開く。



「何なんですか、あの人」

「やさしい、ひと」

「そりゃあ、甘やかされている探偵さんからはそう見えるでしょうけど」

「じょしゅ、にも、やさしい、よ?」

「いや、探偵さんは何を見ているんですか。明らかに敵対心マシマシで接してきているじゃないですか」

「うーん、むずか、しい、なー」



 探偵は何かを考えながら、西空無礼の生原稿を抱きしめた。



「さて、気を取り直して、ちゃちゃっと魂を見つけてしまいましょう」



 探偵はレインコートを脱ぎ、瞑想のように目を閉じ、生原稿を軽く握る。

 助手は念のため、誰も部屋に入らないように警戒していた。


 その間は、3分もなかっただろう。



「……あれ?」



 ルビーの瞳が、困惑で揺れた。



「どうかしたんですか?」

「したい、すぐ、ちかく、ある」



 これで、この事件はすぐに解決する。


 胸の中がザワザワして、助手はそう思うことができなかった。

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