探偵と助手は川沿いを歩いていた。
道はもちろん整備されておらず、獣道を通っている。
山の奥へと入っていくほど、旅館の姿は遠ざかり、木々の密度があがっていく。
「本当に、こっちの方角なんですか?」
「まちがい、ない」
(……同じ日本とは思えない光景だ)
助手はスーツからTシャツに着替えてきた判断を自賛しつつ、探偵の後ろについていく。
どれだけ進んだのだろうか。
意外と、そんな距離ではないかもしれない。
しかし、すでに助手は息を荒らげ始めていた。
「つか、れた?」
「山道に慣れていないので、結構大変なんですよ」
「じょしゅ、すこし、きたえる、べき」
「これでも、健康を維持するぐらいには運動してますよ。それに、オレの担当は頭脳労働ですから」
疲れすぎた助手は木の根に躓いて転びそうになった。
しかし、探偵に助けられて、事なきを得た。
「じょしゅが、たんてい、なのれば、いいの、に」
「嫌ですよ。オレは助手になりたいんです。探偵になれる器もないですし。それに打算もあったんですよ」
「だ、さん?」
「話題になると思ったんですけどねぇ。探偵さんは見た目がいいので、美少女探偵! みたいな感じで」
「わたし、こうこく、がわり?」
「最初はそうするつもりだったんですけど。サイトとかも、探偵さんのグラビアとか載せたり、動画を投稿してみたりとか。そうすれば、話題になって仕事が大量に舞い込んでくる! と最初は考えていたのですが、まあ、諸事情によりお蔵入りになりました」
(児童ポルノ認定されそうな見た目だからなぁ。それに、戸籍がないから年齢を証明できないし、よくよく考えると面倒事の方が多そうだったからなぁ)
助手は昔を懐かしみながら、ため息をついた。
そして、何気なく。
悪気もなく。
次の言葉を口走ってしまった。
「そういえば、探偵さんの歳って聞いたことがないですけど、さすがに成人してますよね?」
一瞬で、空気が冷え込んだ。
助手の額から出てくる汗が、冷や汗へと変わる。
「……ふぁっ、く」
勢いよく中指を立てた。
(あ、やらかした。探偵さん、一応女の子だった)
「…………これ、だから、じょしゅ、は」
「ちょっと! そんなに急がないでくださいっ! オレ、もう限界なんですよ!?」
助手の懇願も虚しく、そそくさと進んでいく探偵。
これ以上刺激するのも怖くて、助手は必死についていくしかなかった。
それから、20分ほど経った頃。探偵がようやく足を止めた。
助手は滝のような汗をかいて、その場に倒れ込んだ。
「ここ」
「どこにも見当たりませんけど?」
いや。
「よく見ればここ、一度掘り起こした跡がありますね。つまり……」
「うめ、られ、てる」
「……じゃあ、他殺、ですね。一応病気で亡くなった後、発見者に埋められた可能性はありますが、そんなことをする人はいないでしょうし」
「そう、なの? したい、うめた、ほうが、いい。びょうき、ひろがら、ない」
「日本では、勝手に死体を埋めたり、傷つけたりすると犯罪になるんですよ」
「おー。いい、ほうりつ」
(ただの失踪なら楽だったんだけどなぁ)
今から穴を掘り返さないといけない。
そのことに助手は絶望した。
しかし、そんなのは杞憂だった。
探偵は素手のまま、犬のように掘り起こしてしまった。
かかった時間は3分ぐらいだろうか。
あっさり、人ひとりがすっぽり入りそうな深さまで到達してしまっていた。
(……まあ、できるか。探偵さんなら)
穴から出てきたのは、3つの黒い袋だった。
「黒い、袋ですかね? うわ、開けたくないなー」
「この、なか」
「わかっていますよ。でも、オレは流石に見れないです。絶対にバラバラ死体じゃないですか」
この死体をどうするべきか、警察にどう連絡するべきか。
身長に考えていると――
「おいっ! こんなところで何をしてやがる!?」
攻撃的な男の声が響いた。
声がした方を向くと、そこにいたのは中年男性。
よれよれのシャツを着ており、無精ひげを生やしていることから、あまり身だしなみを気にしないタイプなのだろう。それとも、育ちが悪いのかもしれない。
「一体誰ですか?」
「その黒い袋――」
無精ひげ男は黒い袋を見るや否や、目の色を変えた。
「どけっ!」
勝手に袋が開けられると、強烈な悪臭が周囲を包み込む。
助手が止めようとしても振り切り、男は袋の中身をひとつ取り出した。
右腕。
切断されて、血まみれの。
「……なんで、なんだよ」
手が震えて、自然と右腕が地面に落ちた。
一瞬呆けたかと思ったら、男の表情が変わる。
まるで親の仇に出会ったかのように険しく、獰猛に。
そして、あろうことか、死体の右腕を踏みつけたのだった。