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第23話 反則 前編

 暗い洞窟の中。

 どこからか水の滴る音が響き、空気がわずかにヒンヤリとしている。


 獣の気配はなく、廃墟のような物悲しさが漂っている。


 そんな場所で、男性――西空無礼の息子は目を覚ました。



「どこだ……ここは……?」



 不安と恐怖が入り混じった声。

 自分の四肢が何かで縛られていることに気付いたのか、さらに顔色が悪くなった。

 ちなみに、紐は持ち合わせがなかったため、周辺に生えていたツタを利用している。



「おや、ようやく覚めましたか。随分といい寝顔でしたよ?」

「お前……!」



 男性とは対照的に、助手の声はとても抑揚に富んでいた。

 どこかピエロを彷彿とさせる空回りした明るさだ。



「お前らは一体何なんだよ! なんでこんなことをしやがる! 覚えてろ! ただじゃおかねえぞ

!!! 早く縄を解きやがれっ!」



 いくら叫んでも、男性を縛っているツタは一向にほどけない。



「お前たちは一体何なんだよっ! 何が目的だ!?」

「オレ達は探偵と、その助手です」

「探偵!? 探偵が一体何の用だっ! 親父の遺産でも狙っているのか!?」

「オレ達はただ、依頼人。まあ、オレは西空無礼先生のファンですから、私心もありますが」



 助手の言葉を聞いて、男性は「はっ!」と鼻で嗤った。



「だからクソみてえな顔してんのか。あんなクソ野郎の作品が好きな人間なんてドブ以下だ。さっさと死んじまえ。お前のようなヤツだっかだから、あいつは小説ばっかに固執してたんだ。死ね!!!」

「そんなこと言っていいんですか? 今の状況を理解しています?」

「そんなことしてみろ! 呪ってお前達を地獄のどん底に叩き落してやる。どうせ、俺には失うものはなにもねえ! 怖いことなんかねえんだよっ!!!」



 男性にキッと鋭くにらみつけられると、助手はひょうひょうと肩をすくめた。



(グロい死体と比べると全然怖くない。流石オレ)



 内心では自画自賛しながら、営業スマイルを浮かべる。



「まあまあ。オレ達は、なぜあなたがあそこにいたのかを知りたいだけなんですよ。それだけ教えて頂ければ、安全な場所で解放します」

「ふざけるな! 誰が教えるかっ! お前達には」

「では、ひとつ質問します」

「…………」



 男性は口を閉じて、眼光を鋭くした。

 絶対に質問には答えないという意思表示だろう。



「二階堂。この名前に聞き覚えはありますか?」

「なんでその名前を知ってやがる!?」

「つまり、二階堂という人物に、あの場所を教えられた、ということですか?」

「……」



 男性は顔を背けて、黙り込んだた。

 どうやら嘘を吐くのが苦手な人間のようだ。



「オレ達の依頼人は二階堂さんなんですよ。二階堂さんの指示で、西空無礼先生と彼の遺作の捜索をしています」

「はあ!? 何考えているんだ、アイツっ!」



 驚愕する男性を横目に、助手は考えを巡らせていく。



(つまり、西空無礼先生の死体をバラバラに解体して、あそこに埋めた犯人は二階堂さんってことだよなぁ。そうじゃないと、あの場所を知るわけがないし)



 しかし、西空無礼を殺した犯人かまでは定かではない。

 助手は大きくため息を吐いて、頭を抱えた。


 それにしても、わざわざ西空無礼の息子を呼び出していることに、疑問が残る。



「はぁ。どうあがいても、報酬は望めそうにないですねぇ」

「じょ、しゅ、もやし、けってい?」

「そうですね。まあ、仕方がない。自分のやりたいことをやりましょう」



 助手の言葉に対して、探偵は小さく頷いた。



「それで、西空無礼の息子さん。それ以上の情報は持っていませんか?」

「息子じゃねえって言ってるだろが! これ以上は何も知らねえよ!」

「おや、今回は素直に答えてくれましたね」

「……ふん。お前らより、二階堂のヤツの方がイケ好かねえってだけだよ」



(この様子だと、本当にこれ以上の情報は知らなさそうだな)



 助手が目配せすると、助手は死体の入った袋を持ってきた。



「じゃあ、最終手段ですね」

「そう、だね」



 探偵が袋に手をかざす。

 すると、一瞬周囲が暗くなった。


 空気が冷たくなり、無意識に冷や汗がにじむ。


 黒い袋の中身――バラバラ死体は勝手に袋から這い出て、まるで時間が巻き戻っていくように接合されていく。


 肉塊だったものが、人の形へと変化していく。


 死体が蘇っていく。



 そして、完成したのは、威厳を感じさせる初老の男性。



『……ん? ここ洞窟か?』



 西空無礼は興味深そうに周囲を見渡し始めた。


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