暗い洞窟の中。
どこからか水の滴る音が響き、空気がわずかにヒンヤリとしている。
獣の気配はなく、廃墟のような物悲しさが漂っている。
そんな場所で、男性――西空無礼の息子は目を覚ました。
「どこだ……ここは……?」
不安と恐怖が入り混じった声。
自分の四肢が何かで縛られていることに気付いたのか、さらに顔色が悪くなった。
ちなみに、紐は持ち合わせがなかったため、周辺に生えていたツタを利用している。
「おや、ようやく覚めましたか。随分といい寝顔でしたよ?」
「お前……!」
男性とは対照的に、助手の声はとても抑揚に富んでいた。
どこかピエロを彷彿とさせる空回りした明るさだ。
「お前らは一体何なんだよ! なんでこんなことをしやがる! 覚えてろ! ただじゃおかねえぞ
!!! 早く縄を解きやがれっ!」
いくら叫んでも、男性を縛っている
「お前たちは一体何なんだよっ! 何が目的だ!?」
「オレ達は探偵と、その助手です」
「探偵!? 探偵が一体何の用だっ! 親父の遺産でも狙っているのか!?」
「オレ達はただ、依頼人。まあ、オレは西空無礼先生のファンですから、私心もありますが」
助手の言葉を聞いて、男性は「はっ!」と鼻で嗤った。
「だからクソみてえな顔してんのか。あんなクソ野郎の作品が好きな人間なんてドブ以下だ。さっさと死んじまえ。お前のようなヤツだっかだから、あいつは小説ばっかに固執してたんだ。死ね!!!」
「そんなこと言っていいんですか? 今の状況を理解しています?」
「そんなことしてみろ! 呪ってお前達を地獄のどん底に叩き落してやる。どうせ、俺には失うものはなにもねえ! 怖いことなんかねえんだよっ!!!」
男性にキッと鋭くにらみつけられると、助手はひょうひょうと肩をすくめた。
(グロい死体と比べると全然怖くない。流石オレ)
内心では自画自賛しながら、営業スマイルを浮かべる。
「まあまあ。オレ達は、なぜあなたがあそこにいたのかを知りたいだけなんですよ。それだけ教えて頂ければ、安全な場所で解放します」
「ふざけるな! 誰が教えるかっ! お前達には」
「では、ひとつ質問します」
「…………」
男性は口を閉じて、眼光を鋭くした。
絶対に質問には答えないという意思表示だろう。
「二階堂。この名前に聞き覚えはありますか?」
「なんでその名前を知ってやがる!?」
「つまり、二階堂という人物に、あの場所を教えられた、ということですか?」
「……」
男性は顔を背けて、黙り込んだた。
どうやら嘘を吐くのが苦手な人間のようだ。
「オレ達の依頼人は二階堂さんなんですよ。二階堂さんの指示で、西空無礼先生と彼の遺作の捜索をしています」
「はあ!? 何考えているんだ、アイツっ!」
驚愕する男性を横目に、助手は考えを巡らせていく。
(つまり、西空無礼先生の死体をバラバラに解体して、あそこに埋めた犯人は二階堂さんってことだよなぁ。そうじゃないと、あの場所を知るわけがないし)
しかし、西空無礼を殺した犯人かまでは定かではない。
助手は大きくため息を吐いて、頭を抱えた。
それにしても、わざわざ西空無礼の息子を呼び出していることに、疑問が残る。
「はぁ。どうあがいても、報酬は望めそうにないですねぇ」
「じょ、しゅ、もやし、けってい?」
「そうですね。まあ、仕方がない。自分のやりたいことをやりましょう」
助手の言葉に対して、探偵は小さく頷いた。
「それで、西空無礼の息子さん。それ以上の情報は持っていませんか?」
「息子じゃねえって言ってるだろが! これ以上は何も知らねえよ!」
「おや、今回は素直に答えてくれましたね」
「……ふん。お前らより、二階堂のヤツの方がイケ好かねえってだけだよ」
(この様子だと、本当にこれ以上の情報は知らなさそうだな)
助手が目配せすると、助手は死体の入った袋を持ってきた。
「じゃあ、最終手段ですね」
「そう、だね」
探偵が袋に手をかざす。
すると、一瞬周囲が暗くなった。
空気が冷たくなり、無意識に冷や汗がにじむ。
黒い袋の中身――バラバラ死体は勝手に袋から這い出て、まるで時間が巻き戻っていくように接合されていく。
肉塊だったものが、人の形へと変化していく。
死体が蘇っていく。
そして、完成したのは、威厳を感じさせる初老の男性。
『……ん? ここ洞窟か?』
西空無礼は興味深そうに周囲を見渡し始めた。