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第24話 反則 後編

「なにが 起きてるんだ!? 親父ぃ!?」



 西空無礼の息子は、親が化けて出たような、驚きに満ちたリアクションをした。

 いや、実際に化けて出ているのだ。


 西空無礼は探偵のネクロマンスにより、一時的に蘇った。


 探偵は「おー」と間抜けな声を上げ、助手は固唾かたずを呑んだ。

 今目の前にいるのは、憧れの作家。



『なんで俺は洞窟にいる? 締め切りはいつだ。ん? いや、オレ、死んだのではなかったか……?』



 西空無礼は数瞬だけ考えて、ニヤリと笑みを浮かべた。



『……そうか。オレは生き返ったのだ』



(もう理解した、のか?)



 驚きながらも近づいて、助手が声を掛ける。



「いきなり起こして申し訳ございません」

『原稿用紙とペンはどこだ?』

「……いや、なんでそうなるんですか?」



 助手の戸惑い顔に対して、西空無礼は不思議そうに小首を傾げた。



『お前達が俺を蘇らせたのだろう? そんなことをする理由なぞ、それ・・しかなかろう。ほら、さっさと渡せ』

「いやいや! 確かにあなたは西空無礼先生ですが、小説を書かせるためだけに蘇らせる訳」

『そうか。なら、お前達の意思は関係ない。この鮮烈なインスピレーション、あふれ出す創作意欲、抑えることが出来ん!!!!』



 西空無礼は我慢できなくなったのか、地面に文字を書こうとし始めた。

 しかし、地面が硬くても全く指の跡が残らない。

 今度は指をかみちぎって、血で書こうとしたが「くそ! ゾンビだと血が出ないのか! この役立たずが!」と叫んだ。



(あー。二階堂さんが言っていたことの意味が分かった。確かに人間とは違う)



 小説家という生物。

 執筆のことしか考えていない、二足歩行生物。


 人間の枠に収まっていない。



「えっと……。オレ達は、あなたの担当編集者の二階堂さんに依頼されて、行方不明のあなたを探していたのです。そうしたら、死んでいて……」

『ん? 依頼? まさか、お前は探偵か?』

「いえ、オレは助手でして。彼女が探偵の根黒マンサです。特殊な力がありまして、先生を一時的に蘇らせたのも彼女です」

「くるしゅー、ない」



 助手に紹介されて、探偵は偉そうに胸を張った。

 その姿を見た西空無礼は、興味深そうに視線を鋭くした。



『ほう。なるほどなるほど。あいつも中々面白いことを考えるではないか』



 ここまでの話は本題ではない。

 助手は意を決して、踏み込む。



「すみません。つらいことだと承知でお聞きしたいのですが、誰があなたを殺害したのですか?」

『それに答えてしまっては面白くなかろう。せっかく、こんな奇妙な状態になったのだ。ミステリー作家として、この舞台を完成させなければならない』



(なんだよ、それ)



 助手は自分が理解できない意見にぶつかり、辟易した。



「犯人に捕まって欲しくないのですか?」

『それはもう死んでしまった人間が決めることではないだろう。今生きている人間が』



 目の前にいるのは憧れの作家大先生だ。

 すべてが正論のように思えて、助手は何も言い返せなかった。



「……では、あなたの最期の作品はどこにあるのですか?」

『なるほど。そうかそうか。もちろん、二階堂が一番求めているのはそれだろうな』



 狂気と歓喜の狭間で笑う、西空無礼。

 あまりの迫力に、助手の額に冷や汗がにじむ。



『俺の最期の原稿が欲しいのか。ならば、探すことだな。ヒントは旅館の部屋に散りばめている。まあ、どうせ二階堂が様々な小細工をしているだろうがな』

「……つまり、あなた自身が隠したのですか?」

『おや、確信しているのではないのかね?』



(……やばい。これはやばい)



 助手は我慢できず、瞳孔がイカれそうなほど目を大きく開いた。



「オレが、先生の用意した謎を解ける」

『ああ。もしや、君のような人間が見つけられるかもしれんな。あるいは――』

「ふざけるなっ!!!!」



 西空無礼の重々しい言葉を遮ったのは、息子の怒号だった。



『なんだ、いたのか』

「おいっ! オレは一応アンタと血が繋がっているんだ! 相続する権利があるだろう!?!?」

『……はぁ』



 息子の額に青筋が立ち、顔が真っ赤になっていく。



「いつもいつもため息つくんじゃねえ! 死んでも変わんねえのかよっ!」

『そう思うなら、ため息を吐かせるようなことを口走るな』

「それはお前がまともな躾をしてこなかったからだろうがっ! ずっとずっと、執筆ばかりして、オレには少ない金を与えるだけだっただろうが!!!」

『なんだ? そんなことを気にしていたのか?』



 それが、致命的な一言だった。



「そんな、こと、だと……?」



 息子は勢いよく腕を振り上げて。



「ふざけるなああああああああああああああああああ!!!!」



 殴りかかった。

 頬にクリーンヒットした拳。

 すると、西空無礼は人の形を保てなくなり、一気にバラバラに飛び散り、元のバラバラ死体に戻った。

 強い衝撃を受けたせいで、探偵のネクロマンスが解けてしまったのだ。


 西空無礼の息子は、その光景を見て顔面を蒼白させた。

 一度よみがえった自分の親を、自分の手で殺してしまったのだ。

 いくら憎んでいる相手と言っても、その衝撃は計り知れない。


 その横で。



「じょ、しゅ……?」

「オレが、みつける……!」



 助手は、少年のように目をらんらんと輝かせていた。

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