「なにが 起きてるんだ!? 親父ぃ!?」
西空無礼の息子は、親が化けて出たような、驚きに満ちたリアクションをした。
いや、実際に化けて出ているのだ。
西空無礼は探偵のネクロマンスにより、一時的に蘇った。
探偵は「おー」と間抜けな声を上げ、助手は
今目の前にいるのは、憧れの作家。
『なんで俺は洞窟にいる? 締め切りはいつだ。ん? いや、オレ、死んだのではなかったか……?』
西空無礼は数瞬だけ考えて、ニヤリと笑みを浮かべた。
『……そうか。オレは生き返ったのだ』
(もう理解した、のか?)
驚きながらも近づいて、助手が声を掛ける。
「いきなり起こして申し訳ございません」
『原稿用紙とペンはどこだ?』
「……いや、なんでそうなるんですか?」
助手の戸惑い顔に対して、西空無礼は不思議そうに小首を傾げた。
『お前達が俺を蘇らせたのだろう? そんなことをする理由なぞ、
「いやいや! 確かにあなたは西空無礼先生ですが、小説を書かせるためだけに蘇らせる訳」
『そうか。なら、お前達の意思は関係ない。この鮮烈なインスピレーション、あふれ出す創作意欲、抑えることが出来ん!!!!』
西空無礼は我慢できなくなったのか、地面に文字を書こうとし始めた。
しかし、地面が硬くても全く指の跡が残らない。
今度は指をかみちぎって、血で書こうとしたが「くそ! ゾンビだと血が出ないのか! この役立たずが!」と叫んだ。
(あー。二階堂さんが言っていたことの意味が分かった。確かに人間とは違う)
小説家という生物。
執筆のことしか考えていない、二足歩行生物。
人間の枠に収まっていない。
「えっと……。オレ達は、あなたの担当編集者の二階堂さんに依頼されて、行方不明のあなたを探していたのです。そうしたら、死んでいて……」
『ん? 依頼? まさか、お前は探偵か?』
「いえ、オレは助手でして。彼女が探偵の根黒マンサです。特殊な力がありまして、先生を一時的に蘇らせたのも彼女です」
「くるしゅー、ない」
助手に紹介されて、探偵は偉そうに胸を張った。
その姿を見た西空無礼は、興味深そうに視線を鋭くした。
『ほう。なるほどなるほど。あいつも中々面白いことを考えるではないか』
ここまでの話は本題ではない。
助手は意を決して、踏み込む。
「すみません。つらいことだと承知でお聞きしたいのですが、誰があなたを殺害したのですか?」
『それに答えてしまっては面白くなかろう。せっかく、こんな奇妙な状態になったのだ。ミステリー作家として、この舞台を完成させなければならない』
(なんだよ、それ)
助手は自分が理解できない意見にぶつかり、辟易した。
「犯人に捕まって欲しくないのですか?」
『それはもう死んでしまった人間が決めることではないだろう。今生きている人間が』
目の前にいるのは憧れの作家大先生だ。
すべてが正論のように思えて、助手は何も言い返せなかった。
「……では、あなたの最期の作品はどこにあるのですか?」
『なるほど。そうかそうか。もちろん、二階堂が一番求めているのはそれだろうな』
狂気と歓喜の狭間で笑う、西空無礼。
あまりの迫力に、助手の額に冷や汗がにじむ。
『俺の最期の原稿が欲しいのか。ならば、探すことだな。ヒントは旅館の部屋に散りばめている。まあ、どうせ二階堂が様々な小細工をしているだろうがな』
「……つまり、あなた自身が隠したのですか?」
『おや、確信しているのではないのかね?』
(……やばい。これはやばい)
助手は我慢できず、瞳孔がイカれそうなほど目を大きく開いた。
「オレが、先生の用意した謎を解ける」
『ああ。もしや、君のような人間が見つけられるかもしれんな。あるいは――』
「ふざけるなっ!!!!」
西空無礼の重々しい言葉を遮ったのは、息子の怒号だった。
『なんだ、いたのか』
「おいっ! オレは一応アンタと血が繋がっているんだ! 相続する権利があるだろう!?!?」
『……はぁ』
息子の額に青筋が立ち、顔が真っ赤になっていく。
「いつもいつもため息つくんじゃねえ! 死んでも変わんねえのかよっ!」
『そう思うなら、ため息を吐かせるようなことを口走るな』
「それはお前がまともな躾をしてこなかったからだろうがっ! ずっとずっと、執筆ばかりして、オレには少ない金を与えるだけだっただろうが!!!」
『なんだ? そんなことを気にしていたのか?』
それが、致命的な一言だった。
「そんな、こと、だと……?」
息子は勢いよく腕を振り上げて。
「ふざけるなああああああああああああああああああ!!!!」
殴りかかった。
頬にクリーンヒットした拳。
すると、西空無礼は人の形を保てなくなり、一気にバラバラに飛び散り、元のバラバラ死体に戻った。
強い衝撃を受けたせいで、探偵のネクロマンスが解けてしまったのだ。
西空無礼の息子は、その光景を見て顔面を蒼白させた。
一度よみがえった自分の親を、自分の手で殺してしまったのだ。
いくら憎んでいる相手と言っても、その衝撃は計り知れない。
その横で。
「じょ、しゅ……?」
「オレが、みつける……!」
助手は、少年のように目をらんらんと輝かせていた。