助手と探偵。それに、西空無礼の息子。3人は旅館の1室――西空無礼が用意したヒントのある部屋を見渡した。
しかし、最初に見た時と比べて特に印象は変わらない。
「普通の部屋にしか見えませんよね。いや、オレ達が簡単に泊まれない程に立派な部屋ではあるのですが」
「そう、だね」
「さて、最初はとにかくヒントを集めないといけませんね。仕掛け人はミステリー作家とその編集者ですよ。必ず挑戦状を――公平なヒントを用意しているはずです」
助手がしたり顔で推理すると、西空無礼の息子はなぜか袖をまくった。
「ふん!。片っ端から荒らせばいいだろ」
「ダメですよ。旅館に迷惑がかかります。それに、取り返しのつかないことになりかねません」
「だが、それが一番手っ取り早いだろうが。あんなやつらの思惑なんて、全部ゴミにしちまえばいいんだ」
言うや否や、息子はテーブルをひっくり返そうとし始めてしまった。
助手が羽交い絞めにしても、暴走列車のように止まらない。
「探偵さん、彼を止めてください」
「りょー、かい」
華奢な体の探偵が近づくと、大柄な成人男性であるはずの
まるで、猛獣におびえる小動物みたいに。
「だ、め」
「いや、だが――」
「だ、め!!!」
「…………」
探偵ににらめつけられると、徐々に肩がすぼんでいき、バツが悪そうな顔に変わった。
「……覚えてろよ。くそっ」
西空無礼の息子は悪態をつきながら、暴れるのをやめた。
(探偵さんが西空無礼先生を蘇らせるところを見ていたからなぁ。むしろ、これぐらいの反応で済んでいるのが奇跡かも)
「どこから手をつけるか……」
「……ふん。くだらねえ。俺はやらねえからな」
「ええ。構いませんよ。そっちの方がやりやすいですから。ですが、きっとあなたにも出番があると思いますよ」
「どうだかな。俺に出来ることなんてなんもねえよ。頭もねえ。愛嬌もねえ。見てくれもよくねえ。こんな俺に居場所なんてあるか?」
「二階堂さんがあなたを呼んだ。その意味が必ずあるはずです」
「ふん。どうだかな。どうせただの当てつけだろ」
今度は探偵に向き直り、彼女の身長に合わせて屈んだ。
「さて、探偵さんも大人しくしていてくださいね」
「なん、で? ふたり、はや、い」
「わかるでしょう?」
「ひとり、で、やりた、い?」
探偵はあまり悩まずに答えを出した。
「そうです。オレに任せてくれますか?」
「あぶない、だめ」
「大丈夫ですよ。ただの謎解きですので」
「うん、わかっ、た。ふぁい、と」
素直に応援して、優しい笑みを浮かべる探偵。
その姿を見て、助手の目に涙が浮かんだ。
(ああ、探偵さんは素直で天使みたいだ)
西空無礼の息子とのギャップに感動しながら、助手は目元をぬぐった。
「さて、早速やりますか」
まずは、部屋をグルリと見渡していく。
普遍的な、和室の高級旅館。
そして、ベランダには専用の浴槽が取り付けられている。
最低限の装飾しかないからこそ、
あまり調べる場所がないからこそ、ヒントがなく、とても難しい。
しかし、助手は根気強く、つぶさに調べていく。
(脱出ゲームにハマっていた時期を思い出すなぁ)
お金がなくて暇な時に、脱出ゲームをしていたことがあった。
今回は閉じ込められているわけではないが『部屋の中に散りばめられたヒントを探して組み合わせて、謎解きをしていく』という点で言えば同じだろう。
ふと、壁にかかっているソメイヨシノの絵画に違和感を覚えた。
(少しだけ、ズラした跡がある)
慎重に外すと、その奥に小さな隠しスペースを見つけた。
「……これは」
助手が取り出したのは、古臭い木箱だった。
かなり年季が入っているが、お世辞にも作りがいいとは言えず、かなりガタガタの状態だ。
しかし、厳重に鎖と南京錠で閉められている。
「明らかにこれっぽいですよね」
「……は、こ」
「ん?」
気になったのか、西空無礼の息子が様子を伺いに来て、表情を硬くした。
「……この箱」
「見覚えがあるんですか?」
「いや、そんなわけがねえ」
「すみません、今はひとつでも多く、情報が欲しいんです」
「お前は探偵なんだろ?」
「オレは探偵助手ですし、知らないことは調べるしかありません。推理は魔法ではないんですよ」
「ふん。言ってろ」
絶対に話してやるもんか。
彼からはそんな偏屈なオーラがあふれ出ていた。
少し困り顔をしながら、探偵が近づいていく。
「ねえ、おしえ、て」
「……ぐっ」
(探偵さん、ナイス!)
完全に上下関係がついてしまっている以上、息子は探偵に逆らうことはできない。
「……小さい頃、木で何かを作ることに凝っていたんだ。その箱を作って親父にプレゼントした。数少ない思い出だ」
「その他に、何かありませんか?」
「何かってなんだよ。もっとハッキリしろ」
「そうですね。例えば、ご褒美とかありませんでしたか?」
「そんなもの……」
いつものように悪態をつきかけたところで、息子はかすかに口を開く。
「……プラネタリウム」
その言葉を聞き逃さなかった助手は目を閉じて、考える。
(ここにプラネタリウムなんてあるわけがないしな)
助手はプラネタリウムの光景を思い出すように上を向いて、ある一点で視線が止まった。
(電球、か)
内心旅館の人に謝りながらテーブルの上に乗り、電球の周りを調べる。
しかし、そこにはなにもなかった。
(いや、そうか。
次に調べたのは、手元を照らすためのデスクライト。
なぜか全体的に黒い。
助手の口角がニヤリと上がった。
「……なるほど」
助手は確信を持っているかのように動き出していく。
障子を閉めて、部屋を暗くした。
「おい、なんの意味がある? 今からセックスでもするのか?」
「違いますよ。それより、もっとロマンチックなことです」
「気持ち悪いこというんじゃねえ」
「まあまあ、見ていてください」
助手は暗くなった部屋の中で、デスクライトを点け――
次の瞬間、いぐさ香る和室が夜空に染まった。