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第26話 ロマンと現実が混じり合う 前編

 助手と探偵。それに、西空無礼の息子。3人は旅館の1室――西空無礼が用意したヒントのある部屋を見渡した。

 しかし、最初に見た時と比べて特に印象は変わらない。



「普通の部屋にしか見えませんよね。いや、オレ達が簡単に泊まれない程に立派な部屋ではあるのですが」

「そう、だね」

「さて、最初はとにかくヒントを集めないといけませんね。仕掛け人はミステリー作家とその編集者ですよ。必ず挑戦状を――公平なヒントを用意しているはずです」



 助手がしたり顔で推理すると、西空無礼の息子はなぜか袖をまくった。



「ふん!。片っ端から荒らせばいいだろ」

「ダメですよ。旅館に迷惑がかかります。それに、取り返しのつかないことになりかねません」

「だが、それが一番手っ取り早いだろうが。あんなやつらの思惑なんて、全部ゴミにしちまえばいいんだ」



 言うや否や、息子はテーブルをひっくり返そうとし始めてしまった。

 助手が羽交い絞めにしても、暴走列車のように止まらない。



「探偵さん、彼を止めてください」

「りょー、かい」



 華奢な体の探偵が近づくと、大柄な成人男性であるはずの

 まるで、猛獣におびえる小動物みたいに。



「だ、め」

「いや、だが――」

「だ、め!!!」

「…………」



 探偵ににらめつけられると、徐々に肩がすぼんでいき、バツが悪そうな顔に変わった。



「……覚えてろよ。くそっ」



 西空無礼の息子は悪態をつきながら、暴れるのをやめた。



(探偵さんが西空無礼先生を蘇らせるところを見ていたからなぁ。むしろ、これぐらいの反応で済んでいるのが奇跡かも)



「どこから手をつけるか……」

「……ふん。くだらねえ。俺はやらねえからな」

「ええ。構いませんよ。そっちの方がやりやすいですから。ですが、きっとあなたにも出番があると思いますよ」

「どうだかな。俺に出来ることなんてなんもねえよ。頭もねえ。愛嬌もねえ。見てくれもよくねえ。こんな俺に居場所なんてあるか?」

「二階堂さんがあなたを呼んだ。その意味が必ずあるはずです」

「ふん。どうだかな。どうせただの当てつけだろ」



 今度は探偵に向き直り、彼女の身長に合わせて屈んだ。



「さて、探偵さんも大人しくしていてくださいね」

「なん、で? ふたり、はや、い」

「わかるでしょう?」

「ひとり、で、やりた、い?」



 探偵はあまり悩まずに答えを出した。



「そうです。オレに任せてくれますか?」

「あぶない、だめ」

「大丈夫ですよ。ただの謎解きですので」

「うん、わかっ、た。ふぁい、と」



 素直に応援して、優しい笑みを浮かべる探偵。

 その姿を見て、助手の目に涙が浮かんだ。



(ああ、探偵さんは素直で天使みたいだ)



 西空無礼の息子とのギャップに感動しながら、助手は目元をぬぐった。



「さて、早速やりますか」



 まずは、部屋をグルリと見渡していく。

 普遍的な、和室の高級旅館。

 そして、ベランダには専用の浴槽が取り付けられている。


 最低限の装飾しかないからこそ、びが感じられる空間。


 あまり調べる場所がないからこそ、ヒントがなく、とても難しい。

 しかし、助手は根気強く、つぶさに調べていく。



(脱出ゲームにハマっていた時期を思い出すなぁ)



 お金がなくて暇な時に、脱出ゲームをしていたことがあった。

 今回は閉じ込められているわけではないが『部屋の中に散りばめられたヒントを探して組み合わせて、謎解きをしていく』という点で言えば同じだろう。


 ふと、壁にかかっているソメイヨシノの絵画に違和感を覚えた。



(少しだけ、ズラした跡がある)



 慎重に外すと、その奥に小さな隠しスペースを見つけた。



「……これは」



 助手が取り出したのは、古臭い木箱だった。

 かなり年季が入っているが、お世辞にも作りがいいとは言えず、かなりガタガタの状態だ。

 しかし、厳重に鎖と南京錠で閉められている。



「明らかにこれっぽいですよね」

「……は、こ」

「ん?」



 気になったのか、西空無礼の息子が様子を伺いに来て、表情を硬くした。



「……この箱」

「見覚えがあるんですか?」

「いや、そんなわけがねえ」

「すみません、今はひとつでも多く、情報が欲しいんです」

「お前は探偵なんだろ?」

「オレは探偵助手ですし、知らないことは調べるしかありません。推理は魔法ではないんですよ」

「ふん。言ってろ」



 絶対に話してやるもんか。

 彼からはそんな偏屈なオーラがあふれ出ていた。


 少し困り顔をしながら、探偵が近づいていく。



「ねえ、おしえ、て」

「……ぐっ」



(探偵さん、ナイス!)



 完全に上下関係がついてしまっている以上、息子は探偵に逆らうことはできない。



「……小さい頃、木で何かを作ることに凝っていたんだ。その箱を作って親父にプレゼントした。数少ない思い出だ」

「その他に、何かありませんか?」

「何かってなんだよ。もっとハッキリしろ」

「そうですね。例えば、ご褒美とかありませんでしたか?」

「そんなもの……」



 いつものように悪態をつきかけたところで、息子はかすかに口を開く。



「……プラネタリウム」



 その言葉を聞き逃さなかった助手は目を閉じて、考える。



(ここにプラネタリウムなんてあるわけがないしな)



 助手はプラネタリウムの光景を思い出すように上を向いて、ある一点で視線が止まった。



(電球、か)



 内心旅館の人に謝りながらテーブルの上に乗り、電球の周りを調べる。

 しかし、そこにはなにもなかった。



(いや、そうか。アレ・・があったはずだ)



 次に調べたのは、手元を照らすためのデスクライト。

 なぜか全体的に黒い。

 助手の口角がニヤリと上がった。



「……なるほど」



 助手は確信を持っているかのように動き出していく。

 障子を閉めて、部屋を暗くした。



「おい、なんの意味がある? 今からセックスでもするのか?」

「違いますよ。それより、もっとロマンチックなことです」

「気持ち悪いこというんじゃねえ」

「まあまあ、見ていてください」



 助手は暗くなった部屋の中で、デスクライトを点け――



 次の瞬間、いぐさ香る和室が夜空に染まった。

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