暗くした旅館の部屋に、様々な星座が浮かんでいる。
助手は星座に詳しくはないが、思わず息を呑んだ。
「……プラネタリウム?」
西空無礼の息子は、星がちりばめられた天井を見上げながら、瞬きもしていない。
完全に見入っていた。
「真似だけなら比較的簡単にできるんですよ。光を通さない黒い紙に。結構いろんな型紙がネットに転がっているので、それを使ったのかもしれません」
「あの親父がそんなことするかよ。自分で夜空を撮って、何もかも自作したに決まっている」
「……ものすごい手間ですよ」
「あいつはやる。そういう気に食わねえヤツだ」
(……なんか厄介オタクみたいだな)
助手は半分呆れながらも、頬を少し緩めた。
「だが、これに何の意味がある? ただの秋の星空じゃねえか」
「それは今から推理します。ですが、ひとつだけはっきりしたことがあります」
「……お前の頭が意外といいということか?」
「そんなの今さらですよ。毎分毎秒、心の中で自画自賛していますから」
「はっ! めでたいヤツだな!」
鼻で嗤われても、助手に動じる様子はない。
それどころか、少し憐れむような目をしていた。
「あなたはなんでそこまで卑屈なんですか?」
「あ?」
「そんなに自分を下げる必要もないのに、なぜそこまで自分を傷つけるんですか?」
「……その口、縫い合わせるぞ。何も知らない小僧が」
「だって、この部屋の謎は、あなたに向けられて作られたものなんですよ?」
西空無礼の息子の目が大きく開き、表情が固まった。
「……あ?」
「よく考えてみてください。これは明らかに、あなたが解くことを想定しています。手作り箱の存在。それから連想された、プラネタリウム。あなたと西空無礼先生にしかわからないことです」
指摘されて、息子は浅く息を吸った後、下を向いた。
「……親父が悪趣味なだけだろ」
「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない。それを知るために、協力してくれませんか?」
しばらく、返事はなかった。
「お前の中で、親父は――西空無礼という作家はどれだけ醜悪なイメージだ?」
「小説と読者にどこまでも真摯で、」
「はっ! それをぶっ壊してやる! 親父がそんなキレイな人間なわけねえだろ!」
顔を露骨に歪ませたまま叫ぶと、息子は天井に映し出された星々を凝視し始めた。
(一応協力してくれるのか)
「何か見つけられそうですか?」
「声掛けんじゃねえ」
「はいはい。いくらでも見てください」
助手は軽口を叩いたが、内心はあまり余裕がなかった。
(オレ、あまり星座に明るくないんだよなぁ)
助手の星座に対する知識なんて、黄道12星座の名前と星座占いぐらいしか知らない。
その星座がどんな形をしていて、どんな物語があるかなんて、頭に入っているわけがなかった。
とりあえず自分でも何かを見つけられないかと見つめても、すぐに目をそらしてしまう。
「……これ、見ていて何が楽しいんですか? ただの点の集合体じゃないですか。天体じゃなくて点体ですよ」
「あ? わかんねえのか? ロマンがねえな」
「そうだ、よ」
(探偵さんもそっち側ですか、そうですか)
助手は人工の星空を見上げる探偵の横顔を見て、苛立つ気にもなれなかった。
輝いて、どこか
小さく、自然に閉じた口。
暗いためか、とても儚げに見える。
助手は見惚れていた自分に気付いて「ごほん」とわざと咳ばらいをして誤魔化した。
「星なんて、夜になればいつでも見られるじゃないですか。ロマンチックには見えませんね?」
「ああ? 本気で言ってるのか?」
「オレは生まれてこの方、冗談を言ったことがありませんから」
「けっ。星の光は全部、はるか遠くのこの光どもを発している。だがな、その恒星は実はもうこの世にないかもしれないんだぞ。光の速度でも何万年とかかる所から届いている」
話を聞いても、助手の顔は変わらない。
理解できない。
そう書かれている。
「それはただの科学的に証明された事実ではないですか。それのどこがロマンなんですか?」
「お前はもう黙っとけ」
「そうだ、そうだ」
(なんなんだよ、全く)
助手は疎外感を味わって、大げさに肩をすくめた。
「そういえば、さっき『秋の星空』って言ってましたよね。詳しいんですね。こういうの」
「ああ。一般常識だろ」
「そんなわけがないでしょう」
ふと、西空無礼の息子の目が、ある一点で止まった。
「ん? みずがめ座が逆さになってやがる」
「え、どれですか」
「見てもわかんねえだろ」
「まあ、そうですけど。瓶の星座って、どう表現されているんですか?」
「瓶を持つ美少年だ」
「はあ? それなら、」
「いい加減にしやがれ。お前は人を苛立たせる天才か? さっさと推理しろ。役目だろ」
「はいはい」
助手は顎に指をあてながら、考え始めた。
(みずがめ座が反転か。この部屋に瓶なんてないしな。そうなると、水回りか)
トイレ。
洗面所。
ゴミ箱の中身すら漁っても、何も特別なものは見当たらなかった。
(……そうなると)
ベランダに出ると、ひとつの上品なヒノキ風呂が置かれていた。
きっと、絶景を見渡しながらの露天風呂は極楽だろう。
早速、浴槽の中に入ってつぶさに調べていく。
(なにもない……?)
しかし、どうしても納得できなくて、浴槽に触れる。
すると、木とは異なるスベスベした感触がする場所を見つけた。
(大分巧妙に隠されているけど、何かが貼られている?)
そして、慎重に、ヒノキ風呂が少しでも壊れないように祈りながら剥がしていると――
「……なるほど」
浴槽に、謎の模様が描かれているのを見つけた。