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第27話 ロマンと現実が混じり合う 中編

 暗くした旅館の部屋に、様々な星座が浮かんでいる。

 助手は星座に詳しくはないが、思わず息を呑んだ。



「……プラネタリウム?」



 西空無礼の息子は、星がちりばめられた天井を見上げながら、瞬きもしていない。

 完全に見入っていた。



「真似だけなら比較的簡単にできるんですよ。光を通さない黒い紙に。結構いろんな型紙がネットに転がっているので、それを使ったのかもしれません」

「あの親父がそんなことするかよ。自分で夜空を撮って、何もかも自作したに決まっている」

「……ものすごい手間ですよ」

「あいつはやる。そういう気に食わねえヤツだ」



(……なんか厄介オタクみたいだな)



 助手は半分呆れながらも、頬を少し緩めた。



「だが、これに何の意味がある? ただの秋の星空じゃねえか」

「それは今から推理します。ですが、ひとつだけはっきりしたことがあります」

「……お前の頭が意外といいということか?」

「そんなの今さらですよ。毎分毎秒、心の中で自画自賛していますから」

「はっ! めでたいヤツだな!」



 鼻で嗤われても、助手に動じる様子はない。

 それどころか、少し憐れむような目をしていた。



「あなたはなんでそこまで卑屈なんですか?」

「あ?」

「そんなに自分を下げる必要もないのに、なぜそこまで自分を傷つけるんですか?」

「……その口、縫い合わせるぞ。何も知らない小僧が」

「だって、この部屋の謎は、あなたに向けられて作られたものなんですよ?」



 西空無礼の息子の目が大きく開き、表情が固まった。



「……あ?」

「よく考えてみてください。これは明らかに、あなたが解くことを想定しています。手作り箱の存在。それから連想された、プラネタリウム。あなたと西空無礼先生にしかわからないことです」



 指摘されて、息子は浅く息を吸った後、下を向いた。



「……親父が悪趣味なだけだろ」

「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれない。それを知るために、協力してくれませんか?」



 しばらく、返事はなかった。



「お前の中で、親父は――西空無礼という作家はどれだけ醜悪なイメージだ?」

「小説と読者にどこまでも真摯で、」

「はっ! それをぶっ壊してやる! 親父がそんなキレイな人間なわけねえだろ!」



 顔を露骨に歪ませたまま叫ぶと、息子は天井に映し出された星々を凝視し始めた。



(一応協力してくれるのか)



「何か見つけられそうですか?」

「声掛けんじゃねえ」

「はいはい。いくらでも見てください」



 助手は軽口を叩いたが、内心はあまり余裕がなかった。



(オレ、あまり星座に明るくないんだよなぁ)



 助手の星座に対する知識なんて、黄道12星座の名前と星座占いぐらいしか知らない。

 その星座がどんな形をしていて、どんな物語があるかなんて、頭に入っているわけがなかった。


 とりあえず自分でも何かを見つけられないかと見つめても、すぐに目をそらしてしまう。



「……これ、見ていて何が楽しいんですか? ただの点の集合体じゃないですか。天体じゃなくて点体ですよ」

「あ? わかんねえのか? ロマンがねえな」

「そうだ、よ」



(探偵さんもそっち側ですか、そうですか)



 助手は人工の星空を見上げる探偵の横顔を見て、苛立つ気にもなれなかった。

 輝いて、どこかとろけている瞳。

 小さく、自然に閉じた口。

 暗いためか、とても儚げに見える。


 助手は見惚れていた自分に気付いて「ごほん」とわざと咳ばらいをして誤魔化した。



「星なんて、夜になればいつでも見られるじゃないですか。ロマンチックには見えませんね?」

「ああ? 本気で言ってるのか?」

「オレは生まれてこの方、冗談を言ったことがありませんから」

「けっ。星の光は全部、はるか遠くのこの光どもを発している。だがな、その恒星は実はもうこの世にないかもしれないんだぞ。光の速度でも何万年とかかる所から届いている」



 話を聞いても、助手の顔は変わらない。

 理解できない。

 そう書かれている。



「それはただの科学的に証明された事実ではないですか。それのどこがロマンなんですか?」

「お前はもう黙っとけ」

「そうだ、そうだ」 



(なんなんだよ、全く)



 助手は疎外感を味わって、大げさに肩をすくめた。



「そういえば、さっき『秋の星空』って言ってましたよね。詳しいんですね。こういうの」

「ああ。一般常識だろ」

「そんなわけがないでしょう」



 ふと、西空無礼の息子の目が、ある一点で止まった。



「ん? みずがめ座が逆さになってやがる」

「え、どれですか」

「見てもわかんねえだろ」

「まあ、そうですけど。瓶の星座って、どう表現されているんですか?」

「瓶を持つ美少年だ」

「はあ? それなら、」

「いい加減にしやがれ。お前は人を苛立たせる天才か? さっさと推理しろ。役目だろ」

「はいはい」



 助手は顎に指をあてながら、考え始めた。


(みずがめ座が反転か。この部屋に瓶なんてないしな。そうなると、水回りか)



 トイレ。

 洗面所。


 ゴミ箱の中身すら漁っても、何も特別なものは見当たらなかった。



(……そうなると)



 ベランダに出ると、ひとつの上品なヒノキ風呂が置かれていた。

 きっと、絶景を見渡しながらの露天風呂は極楽だろう。


 早速、浴槽の中に入ってつぶさに調べていく。



(なにもない……?)



 しかし、どうしても納得できなくて、浴槽に触れる。

 すると、木とは異なるスベスベした感触がする場所を見つけた。



(大分巧妙に隠されているけど、何かが貼られている?)



 そして、慎重に、ヒノキ風呂が少しでも壊れないように祈りながら剥がしていると――



「……なるほど」



 浴槽に、謎の模様が描かれているのを見つけた。

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