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第28話 ロマンと現実が混じり合う 後編

 ヒノキ風呂に描かれた模様を付けた助手は、早速部屋の中の探偵と西空無礼の息子を呼んだ。



「何かみつけたのか?」

「はい。壁紙のようなものを剥がしたら出てきました」



 のぞき込むと、息子は不思議そうに眉をひそめた。



「なんだこれ、汚れじゃねえのか? 点の塊じゃねえか」

「いえ、汚れにしては不自然だと思います。星座だったりしませんか?」

「……いや、こんな星座は見覚えがねえな。なにより、規則的過ぎる」

「そうですか」



 助手はあらゆる可能性を考えるために、頭を回していく。



「線でつなげば文字になるとかですかね」

「はん。点は20個もねえが、それだけでも何パターンあると思ってやがる?」

「……ですよね。それに、西空無礼先生ならもうひとひねりするはずです」

「どうだかな。本格ミステリーなんてうたっていたが、そこまで複雑なトリックがあったか? 特に最近の作品なんて、数年前まではマシだったがな」

「なんだ。ちゃんと読んでるじゃないですか」

「うるせえ! 張り倒すぞ!!!」



 勢いよく怒鳴られても、助手は肩をすくめるだけだ。

 いくら西空無礼の息子に声を張られても、全く怖くなくなっていた。



「とりあえず、この謎を解かないと……」



 点。

 点の集合体。


 それが意味をなすためには――



「点字か……?」

「あ?」



 助手はスマホを取り出して、すぐさま点字のリストを確認した。

 しかし、なぜか一致しない。



「そうか。逆さまか」



 今度はスマホで写真を撮り、反転させ、再度照らし合わせる。



「な……う……ぬ……に……ね……り。なうぬにねり?」

「見当違いだったんじゃねえか?」



(いや、まだだ)



 今度はひらがなではなく、アルファベットを当てはめていく。



「kcmlph。これまた謎の文字列が……」

「ははっ。アホみたいだな」



(いや、このシチュエーションは見覚えがある)



 いや、自分が体感したわけではない。

 読んだのだ。

 西空無礼先生の処女作に、謎の文字列を解読する話があった。



「シーザー暗号」

「あ?」

「随分と王道な謎解きですね。西空無礼先生の処女作にも登場していました。有名すぎてもはや暗号でもなんでもありませんね」

「ああ。あったな。アルファベット順を使うヤツ」

「しかし、どれだけシフトさせるかかがわかりませんね」



(さすがに、読んだのが昔すぎて、作中の細かいところまでは覚えてないしなぁ)



 助手が困り果てていると、息子がポツリと。



「……3個だ。後ろにズラせ」

「なんでわかるんですか?」

「とりあえずやってみろ。すぐだろ」



 探偵は困惑しながらも、とりあえず従ってみることにした。

 シーザー暗号の解き方。


 アルファベット順を確認して、ズラしていく。



「h、a、j、i、m、e。hajime。ハジメですかね」

「……俺の名前だ」

「そんな名前だったんですか!?」

「そうだよ。悪いかよ」

「いえ、その、いい名前だと思いますよ」

「……似合わねえだろ」

「ノーコメントとしておきます」

「はん」



 これで、この謎は解けた。

 しかし、ここからが手詰まりだ。



「……名前だけ、か」

「俺の名前を叫べば、あの南京錠が開くなんて魔法みたいなことはねえだろ」

「ですよね」



(何かないか? 他にヒント)



 助手は再び、部屋の中を捜索し始めた。

 名前に関わるもの。

 はじめ。

 しかし、探しても探しても、何も見つからない。



(ここまでか……?)



 悔しさで唇を噛むと、大きなため息が聞こえた。

 西空無礼の息子が発したものだ。



「まあ、これだけヒントがあれば、わかっちまうな」

「どこにいくんですか?」

「ついこい」



 息子は出入口に向かい、助手と探偵もそれについていく。



「俺、小さい頃に親父にここへ連れてこられたことがあったんだ。あいつは執筆ばっかりで、俺に全然構ってくれなくて、クソみてえな思い出だがな」

「……思い出したんですか?」

「はじめ。俺の名前ってだけじゃねえのかもな。最初という意味も含んでいるのかもしれねえ」



 どこか若々しく口角を上げながら、ドアフレームの上部に手を伸ばした。



「初めてのイタズラ」



 カチン、と。

 金属の音。


 息子の無骨な手には、鍵が握られていた。



「ここに鍵を隠したんだ。無視する親父に腹を立ててな」

「……これは叱られて当然ですね」



(これで、鍵が見つかったのか)



 助手はほっと息を吐き、息子の持つ鍵を少し切なそうにみつめた。



「では、早速箱を開けてください」

「お前が開けなくていいのか?」

「言ったでしょう? この謎はあなたに向けられたものだと」

「そうだ、よ。おもい、だいじ」



 探偵の鶴の一声により、息子は南京錠で閉じられている木箱を手に取った。



「……すまねえな」

「いえいえ。近くで見られるだけでも光栄というものですよ」



 息子は深呼吸を何度もした。

 心を落ち着かせているのか、それとも覚悟を決めているのか。


 何回。

 何十回。


 繰り返されるほどに、空気が張り詰めていく。


 そして、渇いた唇を舐め、表情を硬くしながら、鍵を挿入していく。

 カチリ、と。

 軽い音で南京錠が開いた。


 箱を開けると、そこに入っていたのは――



「どういう、ことだ……?」



 古く変色した原稿用紙の束だった。

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