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第33話 いくじなしの自称・名助手 ②

 その時のオレは、森の中で自分の服を燃やしていた。


 春風でゆらゆらと揺れる火を見ていると、自分の人生が脳裏に浮かんだ。

 たった27年の人生。

 思い返すと、とても短くて、ちっぽけなものだった。


 特に裕福でもなく、社内恋愛で結婚した両親の元で生まれ、そこそこ充実した幼少期を過ごした。

 そういえば、幼い頃に誰かを助けて「ヒーロー」と呼ばれた気がする。相手は誰だったかな。うまく思い出せないし、女の子ではなかったのだろう。だけど、すごく嬉しくて、本当にヒーローを目指そうと思ったことは覚えている。


 小学校の頃は、オレの全盛期だった。

 テストで満点を取るのは当然。運動神経もよく、学級委員長もこなしていた。

 だけど、単純にオレが優秀すぎたからじゃない。頭の中で聞こえてくる、不思議な声のお陰でもあった。

 オレが頭の中で疑問に思えば、なんでも答えてくれる。どんな時も寄り添ってくれる。まるで、オレだけの神様みたいな存在だった。


 いつの間にかヒーローとかもどうでもよくなって、とにかく自分が中心じゃないと我慢ができなくなった。

 多分、周りから見たらヒーローどころか怪人みたいになっていたと思う。


 中学生になる頃には、頭の中の声は全く聞こえなくなっていた。

 ずっとあの声に頼っていたせいで、オレには何も身についていなかった。

 勉強がわからない。定期テストで赤点を取った時は、3日ほど寝込んでしまった。

 周囲はメキメキと力をつけていくのに、得意だったサッカーもベンチにいることばかりになった。

 何もかもがうまくいかなくなって、どんどん荒れていく日々。


 結果、残ったのは『元神童』という冷笑だけだった。



 十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人。



 それからの人生は、特別なことは何もなかった。

 無難な工業高校に入って、特に面白くもない授業を受けて、フライス盤——工作機械で指を飛ばした友達を

慰めたりしていた。


 そこそこ楽しかったけど、心の片隅ではずっと思っていた。

 こんなはずじゃなかったのに。


 そして、約2年前、お母さんがガンだと診断された。

 かなりの無茶をしていたみたいで、自覚症状があったのに、無理矢理動いていたらしい。


 お母さんは暗い顔で教えてくれた。

 これから治療が始まること。余命を宣告されたこと。

 この時、隣に座っていたお父さんの顔を、どうしても思い出せない。いや、そもそも見る余裕もなかったのかもしれない。

 まあ、どっちにしても結果は変わらなかっただろう。

 次の日、お父さんは荷物をまとめて、家を出ていった。


 それ以来、行方は知らない。


 オレが母さんの面倒を見続けた。

 お金に余裕がなかったからアルバイトしながらだったけど、今思えばそこそこ楽しかった。


 親孝行。

 介護。

 確かに大変なことはいっぱいあったし、理不尽に八つ当たりされることもあった。

 まだ20代なのに、親のおむつを交換するのも、ドラッグストアで買うのも、かなり辛かった。


 でも、大事な人のために必死になっている時間を、どこか嬉しく感じている自分もいた。

 とにかく、お母さんの面倒を最後まで見ることだけを考えるようになった。

 この後どうなってもいい。

 自分の将来は捨てても構わない。


 そして、その時はやってきた。

 最期に、お母さんは言っていた。



――ごめんね。あなたは私の本当の子供じゃないの。



 息を引き取る前は、不思議なことを言うらしい。

 きっと、そういう虚言だったんじゃないか。そう思わずにはいられなかった。


 葬式を開くと親戚にも出会ったけど、事情を訊く気には到底なれなかった。



 それから半年は、なんとか生活できていた。

 アルバイトに精をだしていたけど、徐々にミスが増えて、頭が回らなくなって、周囲から心配されるようになった。


 そして、ある日。

 ベッドから起きると、涙が止まらなくなった。

 泣きたくないのに、涙が止まらない。

 頭がずっと締め付けられている感じがして、視界をぼんやりとしか認識できない。


 辛い。

 助けて。

 でも、もう助けてくれる人はいない。

 自分が助けないといけない人もいない。

 それが悲しくて虚しくて、また泣くしかないけど、なんとか力を振り絞って、近くの精神病院に電話を掛けた。


 受診すると、適応障害と言われて、軽い向精神薬を出された。

 だけど、担当した先生がかなりの若手で、ナースに叱られている姿を見ると、2度と通う気になれなかった。



 そして、しばらく経つと、なんかいろいろと、漠然とどうでもよくなった。



 だから、オレは今、この森の中に来ている。



 念のため火事にならないように注意して、火種が燃え尽きるのを見届けると、最後の準備が完了した。

 周りを見渡すと濃い朝靄が覆っているけど、煙が隠れるから都合がいい。


 服を燃やしたのは、自分を追い込むためだった。

 もう服はない。帰ることもできない。

 身分証も、全部燃やしてしまった。

 すごく恥ずかしいことを書きなぐった遺書も置いてきた。きっと、誰も見つけないだろうけど。


 もう準備は万端。

 あとは目の前の輪っかに首を通して、簡素なアウトドアチェアを蹴るだけ。


 だからさっさと死ねよ、自分。

 何をしているんだ。

 もうお前はとっくに詰んでるんだよ。

 生きている意味なんてどこにもない。

 死ぬのが怖いのか? 生きているほうがもっと怖いだろ。

 生きているのが辛くて、悔しくて、居たたまれなくて、寂しくて――


 だからさあ。

 このいくじなし。

 死ねよ。


 アホかよ。

 死ねよ。


 簡単だろ。

 死ねよ。


 きもいんだよ。

 死ねよ。






 さっさと死ねよ。



 死ねよッッッッッッッッ!!!!!




 ——————————————っ!




『ねえ、本当にいいの?』



 ふと、声が聞こえてきた。

 おそらくは未練がましい自分だったのだと思う。



『このまま死んだら、君の生きた意味はなんだったの?』



 知らねえよ。

 そんなの、考えたくもない。



『地獄におちるかもよ?』



 それでもいいじゃないか。

 どうせ、お母さんに合わせる顔なんてない。



『僕は君に死んでほしくない』



 そりゃそうだろ。お前も死ぬんだから。

 お前はオレだ。



『……もう、あの時の君じゃないんだね』




 どういうことだ?

 お前はオレじゃ――



『お願い、たすけて。■■■■』



 おそらくは誰かの名前だったのだろう。

 独特すぎて、聞き取れなかった。



 次の瞬間、まばゆい光が周囲を包んだ。

 まるで太陽が目の前で昇っているような、まばゆい光。


 徐々に収まってくると、ようやく目を開けることができた。



「ん…………?」



 前の前に、女の子がいた。

 さっきまでは影も形もなかったはずなのに。


 銀髪で、サファイアの瞳。なぜか服を着ていなくて、とても骨ばった体の全てが空気にさらされていた。

 そして、何より目を引いたのは、顔色。

 素人目でもとてもひどく、虫に触れられるだけでも倒れそうなほどに不安定に見えた。


 呆けて何も言えずにいると、彼女の薄い唇が開いて、振り絞ったような声が響く。



「きみ、だれ?」

「いや、オレのセリフなんだが」



 その時のオレは、全く予想すらしていなかった。


 この少女——根黒マンサが、オレの人生に大きく食い込んでくることを。

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