目の前に突然現れた、銀髪の美少女。
長く伸ばした髪は艶やかに輝き、肌は青白く透き通っている。しかも、一糸まとわぬ姿だ。
周囲の靄と、うっすらとした月明かりが演出しているせいだろうか。
息を呑むのも忘れていた。
妖艶とは少し違う。
よだれなんて一滴たりとも出てこない。
だけど、オレの目は釘付けになっていた。
こんな体型の女の子に、魅了されるなんて想像すらしたことはなかった。
小さい頃ずっと、ちゃんとメリハリのある体の女性が好みだった。
スポーティーとか、グラマラスとか、明らかに健康優良な体ばかりを見ていた。
だけど、なぜだ。
今までの自分は嘘をついていたのだろうか。
目が腐っていたのだろうか。
ついつい、そう思わずにはいられない。
目の前の少女は、ほとんど骨と皮しかないように見える。
子供だ。
不安定だ。
虚弱だ。
貧相だ。
だからこそなのか、その危うさが、心の中にある得体のしれない領域に触れた。触れてしまった。
もう頭から離れない。
一生、目が離せない。
いや、離れないどころの話じゃない。
焼き付いていく。作り変えられていく。
今までの目玉や脳は偽物だった。
そう言われても、今なら信じてしまうだろう。
「きみ、だれ?」
声を掛けられて、ハッとした。
かなり怪訝な顔をされている。なんとか取り繕わないと。
「いや、オレのセリフなんだが」
しばらく、無言の時間が続いた。
何か話さないと。必死に頭を回していく。
さっきまで死ぬことばかり考えていたのに、今は女の子に掛ける言葉を考えているのだから、自分が少しバカバカしく思えてしまう。
先に口を開いたのは、少女だった。
「……ここ、どこ?」
たどたどしい話し方だ。
見た目からして純粋な日本人ではないのだから、日本語に不慣れなのかもしれない。
いや、問題はそこではない。
声がかわいい、とか考えている場合ではない。
質問の意図がよく理解できない。
「いや、なんで場所を聞くんですか?」
「ここ、しらな、い」
「そんなわけないでしょ。どうやってきたんですか」
「わかん、ない。いつの、まにか」
「……迷子ってやつですか?」
いつの間にか、ここにいた。
にわかには信じがたいが、信じるに足る状況ではない。
なにせ、突然少女が現れる姿を目撃したのだから。
靄に隠れて存在に気付かなかったわけではない。
まるで瞬間移動のように現れていた。
……改めて考えても、理解不能。
どうせわけがわかんないし、一旦棚に上げておこう。
「まいご、かぁ」
「違うんですか?」
「うーん、どうだ、ろ?」
なんだか気の抜ける返しに、崩れ落ちそうになった。
いや、彼女も混乱しているだけなのかもしれない。
ここは一旦落ち着かせるべきだ。
「これも何かの縁ですし、とりあえずお茶でも飲みますか? 最期の一杯用のがまだ残っていたはず」
「さい、ご?」
しまった。
だけど、もう言ってしまったのは仕方がない。もう後の祭りだ。
「まあ、色々あって、」
なんで、すんなり『自殺しようとしていた』なんて言えたのだろうか。
少しでも嫌われたくないなら、絶対に言わない方がよかった。
自分のことながら、不思議に思う。
……いや、そうか。
もう会わない人だからだ。
その場で出会った人だから。
責任とか人間関係とか、全くつながりのない人だから、簡単に話せてしまうのか。
「じゃあ、いっしょ、だ」
「え?」
「いっしょ」
「あなたも死のうとしていたんですか?」
「うん」
まるで「今日遊びに行かない?」と問われた時のような「うん」だった。
当たり前のように、自然と、頷いていた。
え?
こんなにかわいい少女が死のうとしたの?
なんで?
おかしくない?
理不尽じゃない?
バグじゃない?
色んな疑問や不満が心の中で渦巻いていき――そして、一気に爆発した。
「なんでですか!? そんなかわいいのに、もったいないっ!」
気付いた時には、オレは少女の肩を掴み、叫んでいた。
彼女は驚いたように目を見開いている。
だけど、そのサファイアの瞳に映っているのは、オレの顔じゃなかった。
もっと下の方。
「とりあえ、ず、ふく」
少女の視線に合わせて下を向くと、そこには肌色が広がっていた。
うわ、彼女の肌と比べるとオレの肌、汚すぎるだろ。
って、そうじゃないっ!!!
「…………ぁ」
目の前の少女も全裸なのだけど、自分も全裸なのを忘れていた。
至近距離で見られている。
大事な部分もモロ見えになっているんだけど。もうブランブラン。振り子のように揺れている。
ああ、まるでオレの今の心を表しているみたいだなぁ。
うん、現実逃避はやめよう。
「きゃ…………っ」
「きゃ?」
「きゃあああああああああああああああ!!!」
オレは恥ずかしさの余り、乙女のような悲鳴を上げてしまったのだった。