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第35話 いくじなしの自称・名助手 ④

 とりあえず、服を着なければならない。

 だけど、すでに服は燃やしてしまった。

 ふと、思い出したのは昔見た、お笑い番組。


 とりあえずそこら辺の葉っぱで大事な部分を隠すことにした。


 しかし、男はこれでいいけど、目の前の少女はそうはいかない。


 何かないかとグルリと周囲を見渡すと、黒い塊を見つけた。

 うまく燃やせなくて、残していた黒い雨合羽あまがっぱ



「これでも着てください」

「いい、の?」

「目のやり場に困ります」

「かぜ、ひく、よ?」

「どうせ、これから死のうとしている人間ですから」



 少女は「そう?」と言った後、服を広げて小首を傾げた。



「しらない、ふく」

「雨合羽ですよ。レインコート」

「うーん、どう、きる?」

「見ての通りですよ」

「きさ、せて」

「なんでそうなるんですか!?」



 なぜ、こんなにも無防備なのだろうか。

 なんとなくだけど、人懐っこいとか警戒心がないのではなく、圧倒的な自信にあふれている気がする。



「被るんですよ。わかりづらいですが、フード付きのコートと一緒です」

「ぼたん、おか、しい」

「それは普通のボタンじゃなくて、スナップボタンです。はめ込むんですよ」

「おー」



 なんなんだ、この人。なんでそんな当たり前のことで驚いてるんだよ。



「ごわごわ、だ」

「着心地が悪るいですか?」

「わるく、ない」

「それは上々ですね」



 少女は雨合羽に鼻を近づけて、スンスンと嗅ぎ始めた。



「しらない、ぬの。にお、い」

「布じゃないですよ。ビニールです」

「びにー、る……?」



 なんでそんなことも知らないんだ。

 いくらかわいいと言っても、世間を知らなすぎる。



「ああ、そう、か」



 何に気付いたんだ?

 オレは次の言葉をはっきりと聞くために、耳を澄ませた。



「きちゃった、かー」

「生理ですか?」



 あ、ミスった……。

 すごい目で見られている。嫌われた?


 すごい顔をされたけど、スルーされてオレは胸をなでおろした。



「ここ、いせか、い」

「異世界?」

「わたし、いた、せかい、と、ちが、う」

「…………ふざけてるんですか?」



 思わず低い声で言うと、少女は歪な微笑みを浮かべた。

 どこか恐怖しているような、寂しそうな、少しナイーブに見えた。



「そうだ、よね」



 彼女が息を吸うと、異変が起きた。

 異様な寒気に、体が震える。


 突然気温が下がったようには思えない。



「みせ、る」



 次の瞬間、地面が数か所、盛り上がり始めた。

 もぐら?

 それとも、地面の下で何かが起きているのだろうか。


 その正体は、すぐに姿を現した。



「……なっ」



 衝撃のあまり、腰を抜かしてしまった。



 地面から這い出てきたのは、骨だった。

 人間の骨。


 皮も肉も、筋肉さえもついていないのに、骨だけで動いている。

 しかも、1体だけではなく、5体はいるだろうか。


 スケルトンの群れだ。


 理解できた。できてしまった。

 明らかに、魔法だ。

 死者の蘇生。

 ネクロマンスだ。


 異世界。

 その言葉の意味が、実感を持って脳に染み込んでくる。


 オレは、体が震えるのを抑えられなくなった。



「わかっ、た?」



 少女は、わずかに寂しそうな顔をしていた気がする。

 だけど、そんなことはどうでもいい。



「…………かっこいい」



 きっと、オレの目は別人のように輝いていただろう。

 それほどまでに、ときめいていた。

 少女の姿にも魅了されたけど、それ以上の衝撃があった。


 死者を操るネクロマンス。

 生者への冒涜。


 しばらく忘れていた中二心をガツンと叩かれた気分だった。



「え?」

「めっちゃクールじゃないですかっ!」



 興奮のあまり手を掴むと、少女は困惑の表情を浮かべていた。



「こわく、ない、の?」

「え? どこがですか? 不気味ではありますけど……」



 なぜか、今度は少女の顔が驚愕に染まっている。



「ほん、とう、に?」

「もちろんですよ」

「……へへへ。しんじゃい、そう」



 さらに今度は、嬉しそうな笑みを浮かべた。

 意外と表情豊かだ。見ていて飽きない。



「いや、死のうとしていた人が言うと、洒落にならないんですけど」

「たし、かに」



 そんなことを言っていると、ふと頭の中に、あるアイディアが湧いてきた。



「すみません、これも何かの縁です。ひとつお願いを聞いてくれませんか?」

「おね、がい?」

「オレの父親を捜すのを手伝ってください。行方不明なんです」



 お母さんを生き返らせてほしい、とは考えられなかった。

 緩和治療をしても、苦しみ続ける姿をずっと見てきたから、今さら蘇ってほしいとはどうしても思えない。

 逆に、苦しみを継続させてしまうことになるかもしれないから。


 だから、母親を捨てたお父さんを見つけてほしいとお願いした。

 母親のことを伝えないと気が済まない。思いっきりぶん殴ってやりたい。

 そして、悔しいことに、お母さんが彼に遺した言葉を伝えないといけない。


 彼女の力があれば、簡単に叶うはずだ。



「うん。いい、よ」

「本当ですか!? でも、何か大きな対価とか――」

「いらない、よ? わかる、から」

「何がですか?」

「かぞく、いなくなる、さびし、さ」



 そうか。



「あなたも誰かをなくしたんですか」

「おと、うと、ゆくえ、ふめい」

「弟さんですか。」

「みつから、ない。だから、しのう、って」

「…………」



 俯いていて、少女の顔は見えなかった。

 だけど、なんとなく想像できてしまう。


 さっきまではスケルトンを呼び出したりしていたのに、今目の前にいるのは、特別な容姿をしているだけの少女にしか見えない。


 だから、オレは――



「異世界に変える方法はあるんですか? 弟さんを見つけるためにも」

「わから、ない。でも、ここに、いる、かも」

「じゃあ、この世界での生活を手伝いますよ。社会のルールを叩きこんであげます」



 さっきまで自殺しようと考えていたのに、なんでこんな前向きなことを口走っているのだろうか。

 もう立ち直ったのか? オレ?

 いあ、違う。

 今も心のどこかで死にたいと思っている。

 だけど、この少女との時間が終わってからでもいいじゃないか。


 少しでも苦しみを分かち合えるこの少女を、助けてからの方が気持ちよく死ねるじゃないか。


 そう感じてしまっている。



「ちょっと、て」

「手、ですか?」

「ち、つながって、る、から。たどる、のに」

「……ぁ」



 少女がオレの手を握った瞬間、思考が真っ白になった。

 フラッシュバックしたのは、お母さんの最期の一言。


――ごめんね。あなたは私の本当の子供じゃないの。



「もしかしたら、血はつながっていないかもしれません」

「そう、なの?」



 少女は不思議そうに、ある方向を指さした。



「うーん、でも、ちかく、いる」

「…………え?」

「ちかく、で、しんでる、みたい」



 つまり、ここの近くにオレの近縁の死体がある。


 ここは自殺の名所だ。

 同じ場所で死のうとしていた?


 変なところで血のつながりを感じてしまい、オレは苦笑いを浮かべるしかなかった。



 そして、この後、父親と再会することになって――

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