薄い雲が空を覆い隠している、昼下がり。
銀髪をなびかせながら、少女はある廃墟を遠目で見つめている。
彼女にはなんで山の中にこんな大きな建物があるのか、見当もつかない。
しかし、その建物に何か不気味な気配を感じていた。
「やっとみつけたね」
「……うん」
あそこに、金髪の巨乳少女と弟がいる。
根黒マンサは胸を撫でおろしながら、今回の捜索劇を思い出していく。
探し始めて、どれだけの時間が経ったかな。
1週間も経っていないはずだけど、何年も探していた気分。
あっちの世界で弟を探していたのは20年以上だけど、それでもかなり歯がゆい1週間だったかも。
わたしは探知が苦手だから、捜索の大部分を勇者が担っていたからなぁ。
勇者をこの世界に転移させてしまったのは、不幸中の幸いかなぁ。
とにかく様々な場所を移動して、勇者が探知をする。その繰り返し。
わたしも探知していたけど、最終的に見つけたのは勇者の方だった。
その場所が、山の中の廃墟。
おそらくは、あの金髪巨乳女の召喚獣たちがうじゃうじゃいる。
「もうそろそろだね。これで、君の弟くんを助けられるね」
「おと、うと」
弟。
大切な存在。
わたしにとって彼がどれだけ大きい存在か、と根黒マンサは思いを馳せていく。
弟は、わたしに初めてできた、生きた家族。
魔王城の近くで捨てられた赤子。
それがわたしだった。
拾って育ててくれたのは、ママやパパたち。だけど、みんな幽霊だったから、愛情は感じても温かみがなかった。
ママとパパたちは、魔王討伐を成し得なかった勇者やお姫様の成れの果てだったっけ。そんなことを言っていた気がする。
毎日、過酷な環境を生き抜く術を教えられた。
なんかネクロマンスばかり叩きこまれていたなぁ。
……いや、今思えば、わたしがネクロマンス以外を覚えたがらないせいかもしれない。
明らかにネクロマンスじゃない魔法も『これもネクロマンスなんだから!』と言われて、教えられていた記憶がある。
まあ、なんだかんだで、平穏な日々だったかな。
そんな中、わたしと同じように、森に捨てられた赤ん坊が現れた。
正確には、魔鳥にさらわれて、偶然落とされてしまったみたいだけど。多分、わたしも同じだったのかな。
弟。
最初は驚いた。
自分以外の生きている人間が不思議に感じて、気持ち悪くて、自分のアイデンティティを奪われた気がした。
だけど、ママとパパたちに促されて子育てを始めると、世界が変わった。
かわいい。
毎日成長するし、なんでも覚えていく。
もう見ているだけで癒されるし、わたしのことを大好きだし、わたしも弟が大好きだし、わたしが口下手でもちゃんと言いたいことを理解してくれるし、言い終わるまでゆっくりと話を聞いてくれる。
もう嫌いじゃないところがなかった。
弟の存在のお陰で、毎日が充実して、楽しくて、生きるってこういうことなんだと理解できた。
弟はわたしと違って、とても頭が良くて、パパやママたちが教えることをなんでも吸収していた。
わたしはネクロマンス以外、何もできないから、本当に尊敬していた。
でも、そんな日々は長く続かなかった。
森の中に、ある一団がやってきた。
先代の勇者パーティー。
魔王を討伐するために来たらしいけど、好奇心旺盛な弟に外の世界のことを色々と教えてくれた。
この世界がどんな風に出来ていて、どんな国があって、文化があって、食べ物があるか。
結局、その勇者パーティーも魔王には敵わなくて、それを知った弟は泣いていた。
3日ぐらい経った頃だったかな。
弟は言った。
――僕、外の世界のことをもっと知りたい。
わたしは反対した。
弟がいて、ママとパパたちがいて、それ以上は何も欲しくなかったから。
これが初めての
結局、弟の意思が固くて、押し切られちゃった。
ママやパパ達の勧めもあって、魔法学校に通わせることになって――
魔法学校から、失踪の連絡が届いた。
失踪。行方不明。
最初は、その意味が全く分からなかった。
徐々に理解でき始めた頃。わたしは弟を探す旅に出た。
でも全然手がかりがつかめなくて、とにかく色んな人と触れ合って、何回も人に裏切られて、騙されてきた。
弟を見たと言っていた人は、わたしのお金を盗もうとした。
うちにいるよ、と言った人は、わたしのことを集団で襲おうとした。
一見人のよさそうだった人は、わたしのことを人とすら見ていなかった。
そんな世界がすごく怖くて、冷たくて、なんて世界に弟を旅立たせてしまったのか、と後悔しない日はなかった。
大丈夫。
きっと生きている。
だから、少しでも早く、見つけてあげないと。
もう大丈夫だよって。守ってあげるからって。抱きしめてあげないと。
でも、20年近く探しても――
「マイリトルプリンセス」
勇者に声を掛けられて、根黒マンサはハッとした。
「な、に?」
あ、勇者、真剣な表情をしている。
根黒マンサはイヤな予感をしながらも、平静を装った。
「すまない。本当は、こんなことを言うべきではないとはわかっている。だけど、聞いてほしい」
「な、に?」
勇者の喉が、ゴクリと鳴った。
「もし弟くんを助けられたら、僕と結婚してくれないかい? 僕達の力を合わせれば、簡単にあちらの世界に帰えれるはずさ」
え、ふつうに、いや。
一瞬、そんな素直な言葉が根黒マンサの口からついて出そうになった。
だけど、彼女は言えなかった。
勇者がいないと、弟を救い出せないかもしれないから。
勇者はそんなことをする人じゃない。
頭で理解できていても、疑念は晴れてくれない。
「うん、いい、よ」
「……え?」
「けっ、こん、しよ、う」
こんなにも、結婚って軽い言葉だったんだ。
「本当かい!?」
「うん」
どうせ、もう助手とは仲直りできないかもしれない。
弟と3人で暮らすのも、弟にとってはいいことかもしれないし。
弟は勇者に憧れていたし、喜んでくれるかも。
もう、それでいいや。
考えることに疲れちゃった。
何も考えずにそこそこ幸せになれれば、それでいいのかも。
「ありがとう。一生幸せにするよ」
根黒マンサは勇者に抱きしめられて、目を閉じた。
幸せって、なんなんだろう。
なんとなくだけど、幸せには2種類ある気がする。
追い求める幸せと、見つける幸せ。
ロマンと、理性。
理想と、現実。
きっと、みんな最初は自分の思い描いた幸せを追い求めていくんだと思う。
だけど、それを叶えられる人間なんてほとんどいなくて、どこかで妥協して、その中で別の幸せを見つけていくのかな。
一番を捨てる、妥協。
それで、いいのかも。
「では、明日に夜襲をかけよう」
「いま、でも」
「相手はかなりの手練れだ。しっかりと準備してから挑みたい」
「……たし、かに」
渋々と言った感じで頷いた。
「マイリトルプリンセスも休んだ方がいい。」
根黒マンサは、葉っぱで簡易的なベッドを作って、寝転んだ。
だけど、小腹が空いていて、どうしても寝付けない。
ああ、カップラーメンが食べたい。
あのジャンクな味が忘れられない。
安い女ですね、って、助手にノンデリなことを言われるのも、嫌いじゃなかったし。
それで、栄養バランスが悪いからって野菜ジュースを飲まされて、少し変な顔をすると、彼は笑ってくれる。
ああ、思い出しただけでも、自然とニヤけちゃう。
こんなに好きになるとは思わなかったなぁ。
きっかけってなんだっけ。
そうそう。
探偵事務所を始めよう、って言ってくれたことだった。
最初は疑った。
どうせ、わたしを騙すつもりなんだって。
ネクロマンスをクールだ、かっこいい、って言ってくれても、人間は信用ならない。
だけど、彼はわたしを一度も騙さなかった。
嘘をつくことはあっても、からかう程度のもので、わたしに何かしようとすることはなかった。
それどころか、わたしが弟を探すことを、真剣に応援してくれた。
わたしが彼の父親を蘇らせたせいで、最悪なことを知ってしまったのに。
それがどれだけ衝撃的で、救われたか。
生きている人と過ごす嬉しさを教えてくれたのは弟だけど、生きている人を信じる喜びを実感させてくれたのは、助手だった。
だから、心の底から思った。
この人と一緒にいれば、安心だって。
帰りたい場所はここだって。
助手。
会いたい。
考えれば考えるほど、声を聞きたくなってくる。顔を見たくなってくる。
だけど、会いたくない。
あんなことをしちゃったから。
じゃまって叫んで、右手を酷い状態にしちゃった。
嫌われていたら、わたしは……。
ああ。
あなたは今、何をしていますか?
ちゃんとご飯を食べていますか?
元気にしていますか?
ノンデリ発言をしていませんか?
あなたの頭の中に、わたしは欠片だけでもいますか?
答えはわからないし、いらない。
だって。
ただ、あなたを想っている時間が愛おしいだけなんだから。