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第37話 根黒マンサのひとりごと ②

 薄い雲が空を覆い隠している、昼下がり。

 銀髪をなびかせながら、少女はある廃墟を遠目で見つめている。


 彼女にはなんで山の中にこんな大きな建物があるのか、見当もつかない。

 しかし、その建物に何か不気味な気配を感じていた。



「やっとみつけたね」

「……うん」



 あそこに、金髪の巨乳少女と弟がいる。

 根黒マンサは胸を撫でおろしながら、今回の捜索劇を思い出していく。


 探し始めて、どれだけの時間が経ったかな。

 1週間も経っていないはずだけど、何年も探していた気分。

 あっちの世界で弟を探していたのは20年以上だけど、それでもかなり歯がゆい1週間だったかも。


 わたしは探知が苦手だから、捜索の大部分を勇者が担っていたからなぁ。

 勇者をこの世界に転移させてしまったのは、不幸中の幸いかなぁ。


 とにかく様々な場所を移動して、勇者が探知をする。その繰り返し。

 わたしも探知していたけど、最終的に見つけたのは勇者の方だった。


 その場所が、山の中の廃墟。

 おそらくは、あの金髪巨乳女の召喚獣たちがうじゃうじゃいる。



「もうそろそろだね。これで、君の弟くんを助けられるね」

「おと、うと」



 弟。

 大切な存在。


 わたしにとって彼がどれだけ大きい存在か、と根黒マンサは思いを馳せていく。


 弟は、わたしに初めてできた、生きた家族。


 魔王城の近くで捨てられた赤子。

 それがわたしだった。

 拾って育ててくれたのは、ママやパパたち。だけど、みんな幽霊だったから、愛情は感じても温かみがなかった。

 ママとパパたちは、魔王討伐を成し得なかった勇者やお姫様の成れの果てだったっけ。そんなことを言っていた気がする。


 毎日、過酷な環境を生き抜く術を教えられた。

 なんかネクロマンスばかり叩きこまれていたなぁ。

 ……いや、今思えば、わたしがネクロマンス以外を覚えたがらないせいかもしれない。

 明らかにネクロマンスじゃない魔法も『これもネクロマンスなんだから!』と言われて、教えられていた記憶がある。


 まあ、なんだかんだで、平穏な日々だったかな。



 そんな中、わたしと同じように、森に捨てられた赤ん坊が現れた。



 正確には、魔鳥にさらわれて、偶然落とされてしまったみたいだけど。多分、わたしも同じだったのかな。


 弟。


 最初は驚いた。

 自分以外の生きている人間が不思議に感じて、気持ち悪くて、自分のアイデンティティを奪われた気がした。

 だけど、ママとパパたちに促されて子育てを始めると、世界が変わった。

 かわいい。

 毎日成長するし、なんでも覚えていく。

 もう見ているだけで癒されるし、わたしのことを大好きだし、わたしも弟が大好きだし、わたしが口下手でもちゃんと言いたいことを理解してくれるし、言い終わるまでゆっくりと話を聞いてくれる。

 もう嫌いじゃないところがなかった。


 弟の存在のお陰で、毎日が充実して、楽しくて、生きるってこういうことなんだと理解できた。


 弟はわたしと違って、とても頭が良くて、パパやママたちが教えることをなんでも吸収していた。

 わたしはネクロマンス以外、何もできないから、本当に尊敬していた。


 でも、そんな日々は長く続かなかった。


 森の中に、ある一団がやってきた。

 先代の勇者パーティー。

 魔王を討伐するために来たらしいけど、好奇心旺盛な弟に外の世界のことを色々と教えてくれた。

 この世界がどんな風に出来ていて、どんな国があって、文化があって、食べ物があるか。


 結局、その勇者パーティーも魔王には敵わなくて、それを知った弟は泣いていた。


 3日ぐらい経った頃だったかな。

 弟は言った。



――僕、外の世界のことをもっと知りたい。



 わたしは反対した。

 弟がいて、ママとパパたちがいて、それ以上は何も欲しくなかったから。

 これが初めての姉弟きょうだい喧嘩だった。


 結局、弟の意思が固くて、押し切られちゃった。 

 ママやパパ達の勧めもあって、魔法学校に通わせることになって――


 魔法学校から、失踪の連絡が届いた。


 失踪。行方不明。

 最初は、その意味が全く分からなかった。


 徐々に理解でき始めた頃。わたしは弟を探す旅に出た。


 でも全然手がかりがつかめなくて、とにかく色んな人と触れ合って、何回も人に裏切られて、騙されてきた。


 弟を見たと言っていた人は、わたしのお金を盗もうとした。

 うちにいるよ、と言った人は、わたしのことを集団で襲おうとした。

 一見人のよさそうだった人は、わたしのことを人とすら見ていなかった。


 そんな世界がすごく怖くて、冷たくて、なんて世界に弟を旅立たせてしまったのか、と後悔しない日はなかった。


 大丈夫。

 きっと生きている。

 だから、少しでも早く、見つけてあげないと。


 もう大丈夫だよって。守ってあげるからって。抱きしめてあげないと。


 でも、20年近く探しても――



「マイリトルプリンセス」



 勇者に声を掛けられて、根黒マンサはハッとした。



「な、に?」



 あ、勇者、真剣な表情をしている。

 根黒マンサはイヤな予感をしながらも、平静を装った。



「すまない。本当は、こんなことを言うべきではないとはわかっている。だけど、聞いてほしい」

「な、に?」



 勇者の喉が、ゴクリと鳴った。



「もし弟くんを助けられたら、僕と結婚してくれないかい? 僕達の力を合わせれば、簡単にあちらの世界に帰えれるはずさ」



 え、ふつうに、いや。


 一瞬、そんな素直な言葉が根黒マンサの口からついて出そうになった。


 だけど、彼女は言えなかった。

 勇者がいないと、弟を救い出せないかもしれないから。


 勇者はそんなことをする人じゃない。

 頭で理解できていても、疑念は晴れてくれない。



「うん、いい、よ」

「……え?」

「けっ、こん、しよ、う」



 こんなにも、結婚って軽い言葉だったんだ。



「本当かい!?」

「うん」



 どうせ、もう助手とは仲直りできないかもしれない。

 弟と3人で暮らすのも、弟にとってはいいことかもしれないし。


 弟は勇者に憧れていたし、喜んでくれるかも。

 もう、それでいいや。


 考えることに疲れちゃった。

 何も考えずにそこそこ幸せになれれば、それでいいのかも。



「ありがとう。一生幸せにするよ」



 根黒マンサは勇者に抱きしめられて、目を閉じた。


 幸せって、なんなんだろう。

 なんとなくだけど、幸せには2種類ある気がする。


 追い求める幸せと、見つける幸せ。

 ロマンと、理性。

 理想と、現実。


 きっと、みんな最初は自分の思い描いた幸せを追い求めていくんだと思う。

 だけど、それを叶えられる人間なんてほとんどいなくて、どこかで妥協して、その中で別の幸せを見つけていくのかな。


 一番を捨てる、妥協。


 それで、いいのかも。



「では、明日に夜襲をかけよう」

「いま、でも」

「相手はかなりの手練れだ。しっかりと準備してから挑みたい」

「……たし、かに」



 渋々と言った感じで頷いた。



「マイリトルプリンセスも休んだ方がいい。」



 根黒マンサは、葉っぱで簡易的なベッドを作って、寝転んだ。

 だけど、小腹が空いていて、どうしても寝付けない。


 ああ、カップラーメンが食べたい。

 あのジャンクな味が忘れられない。


 安い女ですね、って、助手にノンデリなことを言われるのも、嫌いじゃなかったし。


 それで、栄養バランスが悪いからって野菜ジュースを飲まされて、少し変な顔をすると、彼は笑ってくれる。

 ああ、思い出しただけでも、自然とニヤけちゃう。


 こんなに好きになるとは思わなかったなぁ。


 きっかけってなんだっけ。

 そうそう。

 探偵事務所を始めよう、って言ってくれたことだった。

 最初は疑った。

 どうせ、わたしを騙すつもりなんだって。

 ネクロマンスをクールだ、かっこいい、って言ってくれても、人間は信用ならない。


 だけど、彼はわたしを一度も騙さなかった。

 嘘をつくことはあっても、からかう程度のもので、わたしに何かしようとすることはなかった。

 それどころか、わたしが弟を探すことを、真剣に応援してくれた。

 わたしが彼の父親を蘇らせたせいで、最悪なことを知ってしまったのに。


 それがどれだけ衝撃的で、救われたか。


 生きている人と過ごす嬉しさを教えてくれたのは弟だけど、生きている人を信じる喜びを実感させてくれたのは、助手だった。


 だから、心の底から思った。

 この人と一緒にいれば、安心だって。

 帰りたい場所はここだって。


 助手。

 会いたい。

 考えれば考えるほど、声を聞きたくなってくる。顔を見たくなってくる。


 だけど、会いたくない。

 あんなことをしちゃったから。

 じゃまって叫んで、右手を酷い状態にしちゃった。

 嫌われていたら、わたしは……。


 ああ。


 あなたは今、何をしていますか?

 ちゃんとご飯を食べていますか?

 元気にしていますか?

 ノンデリ発言をしていませんか?

 あなたの頭の中に、わたしは欠片だけでもいますか?


 答えはわからないし、いらない。



 だって。



 ただ、あなたを想っている時間が愛おしいだけなんだから。

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