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第38話 傲慢な勇者と、ただの助手

 助手に呼び出されてワープしてきた勇者は、周囲を一瞥した後、目を大きく見開いた。



「君が呼んだのかい?」

「呼べる気がしたので。探偵さんと一緒にいるのではないですか? 場所を教えてください」

「……僕を呼び出せるのは、魔力を持った人間だけだ。この世界の人間が呼べるわけがない」

「そんなことはどうでもいいでしょう」

「なんなんだ、君は」



 助手はひょうひょうとした態度で肩をすくめた。

 実はただのはったりなのだが、そうは見えない。



「まあ、いいだろう。なんだっけ、マイリトルプリンセスの居場所だったかな。別に君は知る必要はないんじゃないかい?」



 勇者は助手の、ギプスに包まれた右手を見ながら言った。

 つまり、こう言いたいのだろう。

 お前は拒絶されたんだから、もう会わなくていいだろ、と。



「そうですよ。だから、慰謝料を請求するために会いたいんです」

「じゃあ、僕が言伝を預かっていくよ。それで問題ないだろう?」

「いいえ。」

「君もわかってないなぁ」



 普段はどこか余裕があるのに、今はかなり苛立った声色だった。



「僕は彼女にプロポーズしたよ。そしたら、結婚しようと受けてくれたよ」



 言い切った勇者の顔は、とてもプロポーズに成功した男には見えなかった。

 どこか陰りがあって、自暴自棄になっているような、危うい感覚。



「ああ、そうですか。だから、なんなんですか」

「わからないのかい? もう、君の出る幕じゃない」

「あなた達が結婚しようが、オレは彼女についていきます。絶対に」

「異世界に変えるよ?」

「いいですね。行ってみたかったんですよ」

「君は常識がないのかい?」

「常識なんて、彼女と出会った時の情熱で、全部炭になってしまいましたよ」



 勇者に睨みつけられても、助手は退かない。

 それどころか、近づいていく。

 勇者も根黒マンサに匹敵する化け物と知っていながら。



「なぜ、そこまでするんだ」

「責任をとってもらうためです」

「責任? 何のだい? まさか『オレの心を奪った責任ですよ』なんて月並みなことは言わないよな?」

「そんなレベルの話じゃありませんよ」



 ゆっくりと息を吸って、助手は叫ぶ。



「オレは、彼女に性癖を歪められたんですよっっっ!!!」



 勇者の「へ?」という情けない声を無視して、まくしたてていく。



「彼女に出会ってからというもの、女の好みがまるで変ってしまったんですよ。豊満な人を下品にしか見えなくなってしまった。彼女の平らな胸と肋骨にしゃぶりつきたくて、あのしなやかな足に踏まれたくて、華奢な体を抱きしめたくて、押し倒したらどんな表情をするんだろう、って考えない日はなかった!」



 わなわなと震える勇者。



「不純な!!!!」

「これは純粋な想いですよ。純愛です。純度100パーセントの下心の何が悪いんですかっ!」

「やめろやめろやめろっ! 君の妄想で彼女を汚すな。気持ちが悪い。吐き気がするっ!」

「あなたは一度も想像したことがないんですか? オレは毎日、彼女に隠れてトイレの中でシコってましたよ」

「シコ!?!?」



 勇者は初心うぶにも、頬を赤らめてうろたえた。



「なぜ、それを僕に打ち明ける……?」

「あなたなら、理解してくれると思ったのですが」

「……狂っている」

「ああ、今、オレは狂っていますよ。愛に狂っている。恋に恋している。ロマンに溺れていますよ。それがなんですか。オレの自由じゃないですか」



 助手の言葉を聞いて、勇者の顔がさらに赤くなった。

 しかし、照れではない。



「ふざけるなっっっ!!!!」



 クールにすましていた勇者の姿はどこにもない。



「何がロマンだ!!! 何が愛だ、恋だっっっ!!!」



 感情的に、顔を歪めている。



「僕は勇者だ。勇者として生まれて、勇者として育てられた。母は薬漬けになって死んだっ! 僕を勇者に――1年で初めて生まれた男にするためにっ!」



 本音なのだろう。



「僕には義務があるっ! 強い女性と結ばれ、そして、次の世代の勇者に託す。僕の世代では魔王は殺せないかもしれない。しかし、どれだけの屍を積み重ねようとも、必ず成し遂げる。それが僕の家に課された宿命だッッッ!!!」



 あまりにも大きな叫び声に書類が飛び、ガラスが割れる。

 しかし、助手は勇者の顔をただ見ている。


 少年らしい、青臭い顔を。



「くだらない」

「……なに?」

「愛も恋も自分磨きも知らない男が、1人の女を幸せにできるわけがない」

「さっきから気持ち悪いんだよっ!!!! 敬語をやめろよっ! 余裕ぶりやがってっっっ!!!」

「シイモ・イサマ!!!!!!」



 勇者は驚愕したまま固まった。



「なんで、僕の名前を……」

「さあ、教えてください。根黒マンサは今、どこにいるんですか?」



 勇者は穴が開きそうなほど、助手の顔を見ている。

 いや、それよりも深い場所を見ているように、助手は感じた。



「……そうか。君の魂は」



 一気に静まり返った探偵事務所。

 勇者は床に散らばっていた紙とペンを取り、何かを書き込んでいく。



「ここだ」



 助手が投げ渡されたのは、地図だった。



「彼女の弟を救出することには全力を尽くす。それが、僕なりのけじめだ」

「ありがとうございます。流石勇者です」



 助手にとっては、純粋な感謝だった。

 しかし、次の瞬間には頬に強い衝撃を受けて、吹き飛ばされていた。



「よし! スッキリした!」

「やり返してもいいんですよね?」

「……殴れるもんなら、殴ってみろ」



 助手は挑発に乗って、勇者の頬を思いっきりぶん殴った。

 しかし、腰も入っていなければ、拳の握り方すら間違っている。



「全然痛くないな」

「こっちの拳が折れそうなんですがっ!」

「ははっ!」



 鼻で嗤った。



「あははははははははははははは!!!」



 今度は腹を抱えて、爆笑している。



「こんな弱っちい男がいるのかよっっ!!!」



 助手は勇者を睨みつけようとしたけど、彼の顔を見て、頬を緩めた。



「あーあ、あの女、見る目ねえな。僕を捨てて、こんなやつを選ぶなんて! 結婚する前に気付けてよかったよっっっ!」



 まるで青年の主張のような、晴れやかな罵倒。



「じゃあな」

「……ありがとうございます」

「ふん。日を跨ぐ頃に夜襲を掛けるからな。もし間に合わなかったら、彼女を奴隷のように扱って、子供を産むだけの存在にしてやる」

「絶対に、そんなことにはさせません」



 助手の顔を見た勇者は、一瞬目を輝かせた後、苦虫を噛み潰したような顔をした。



「……多分、僕には勇者の才能がないんだろうね」

「いえ。今のあなたは勇者ですよ。今のオレにとっては」

「どうだかな」

「ありがとう。あなたは、オレに勇気を分けてくれた。迷わずに、彼女の元に向かえる」

「……ふっ。そうかい」



 苦々しく口をゆがめながらも、どこか晴れやかな瞳をしながら、勇者は姿を消した。

 おそらく、根黒マンサに呼ばれたのだろう。


 助手はひとり残された後、深呼吸を数回して、立ち上がる。



「よし、行くか」



 意気揚々とドアを開けると「げっ!」と声を上げた。


 一ノ瀬管理人が立っていたのだ。

 しかも、自動車の鍵を回しながら。



(聞かれていたのか?)



 いや、聞かれていても、助手には動じる理由はない。

 少しでも早く、彼女に会いたいから。



「車はご入用かしら?」

「いくらですか?」

「一生奴隷」

「望むところです」



 鍵を受け取ると、助手は戦場に赴く戦士のような面持ちをした。

 そして、古臭い軽トラに辟易しながら乗ると、大音量でエンジン音を鳴らし――そして、盛大にエンストするのだった。

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