夜襲で突撃した根黒マンサと勇者は、廃墟の中で息を荒げていた。
ヤギ頭の悪魔。
ユニコーン。デュラハン。ゴーレム。ハーピー。グリフォン。ワーウルフ。メデューサ。ヒュドラ。リザードマン。ペガサス。バイコーン。コカトリス。4元素の精霊などなど。
様々な召喚獣が、地下への道をふさいでいる。
ブレス。魔法。爪。剣。角。蹄。
多種多様な攻撃が降り注ぐ中、根黒マンサは30を超えるスケルトンを使役し巧みに操りながらも、自身でも戦闘している。
勇者は華麗な剣術により、隙間を縫うように召喚獣を切り倒していく。
状況は優勢。
このまま時間をかければ、突破は難しくないだろう。
だけど、と根黒マンサは悩んでいた。
これは、急がないといけないかも。
時間稼ぎをされている気がする。
地下から感じる魔力が増え続けているし。
こんな廃墟じゃなければ、大技ひとつで一掃できるのに。
でも、下手したら、弟が生き埋めになっちゃう。
それは絶対に避けなきゃ。
ため息をつくと「ねえ」と勇者に声を掛けられた。
「まったく、まるで魔王城の中みたいだね」
「……うん」
「マイリトルプリンセス……いや、根黒マンサ。僕から提案がある」
「な、に?」
「僕が強引に道を作るから、先に行ってくれ」
「いい、の?」
突然、勇者が「はっ!」と笑った。
「勇者じゃなくて、勇者の仲間が言うべきセリフだね」
「……ゆう、しゃ」
「誰かに託すのって、こんなに気楽だったんだ。いつも頼られてばかりで全然気づけなかったよ」
「ゆうしゃ、かわ、った?」
根黒マンサの言葉に、勇者はわずかにハニカんだ。
「今の僕、かっこいいかい?」
「どう、だろ?」
「そこはかっこいいと言ってくれよ。そうすれば、百人力さ!」
「じゃあ、かっこ、いい」
「『じゃあ』は聞かなかったことにしておくよ!!!!」
勇者が剣からビームのような魔法を出し、召喚獣の一部を薙ぎ払った。
その隙に、根黒マンサは地下への道に侵入した。
そこは、とても薄暗い階段だった。
ジメジメしていて、コケが生えている。しかし、慎重に降りている時間はない。
飛び降りるようにして一気に下った。
そして、重苦しいドアを開けると、金髪の女子高生が優雅に立っていた。
その隣には、弟の姿があり、根黒マンサの髪が逆立つ。
絶対に助ける、と。
「あら、随分遅かったですわね」
「…………」
彼女の足元には、魔方陣のようなものが描かれていた。
とても複雑で、丁寧に描かれている。
そして、どこか神々しさのようなものを発している。
「あなた方が何者なのか、なぜわたくしを追いかけているのかは知りませんが、力を振るえる機会を与えてくださったことに感謝いたしますわ」
金髪女子高生は、手を天井に――いや、その先にある空に掲げた。
すると、手に光が集まっていく。召喚獣を魔力に変換し、何か新しい存在を呼び出そうとしているのだ。
根黒マンサはすべてを察して、すぐに骨のドームを作り上げた。
次の瞬間、内部から爆発したように、廃墟が吹き飛んだ。
散らばった瓦礫たちは周囲の木々をなぎ倒していくがそれ以上に衝撃的な光景が、目の前にあった。
深夜のはずなのに、真昼のように明るかった。
巨大な4つの車輪があった。
表面には無数の目玉が生えており、常に動き回り、周囲をぼーっと観察している。
その車輪の中心には、6枚の羽をもつ人型がいる。
まるで聖母のような見た目をしているが、腕が6本あり、牡牛・獅子・鷲の生首を抱きしめている。
まるで複数の天使を混ぜ合わせたような、冒涜的ながらも神聖な存在感。
「これが最高の天使!!! あなたのアンデッドなんて、一瞬で塩に変わりますわよ!」
金髪女子高生は、弟と共に光の球体に守られている。
そして彼女の言葉通り、根黒マンサが使役していたスケルトンは光を浴びただけで形を保てなくなり、サラサラと崩れ落ちていった。
通常のネクロマンサーでは絶対に太刀打ちできない存在。
「伏せろっっっっっ!!!!!!」
瓦礫に隠れていた勇者が叫び、跳ぶ。
彼の剣と天使の車輪がぶつかり、ジャンボジェット機が墜落したかのような衝撃が山を震わせた。
「あら、そんなものでして?」
しかし、車輪には傷ひとつついていない。
そのまま無数の目から放たれた光線を浴びて、勇者はどこかへと吹き飛んでいった。
「これで終わりですわね」
残ったのは、ネクロマンサーただひとり。
天使に勝てるわけがない。
そう考えていてそうな顔だ、と根黒マンサはにらみつける。
そして、1歩前に出て、空気が凍った。
いや、そう錯覚する程の威圧感を放っているのだ。
「ごめん、ね」
地響きが起き、地面が隆起し始める。
立っていられない程の揺れの中、巨大な白い物体が土を押しのけて顔を出した。
「もう、こわれた、かんけい、ない」
廃墟よりも巨大な、ガイコツ。
根黒マンサはテレビで見たアニメで知っていた。
ガシャドクロという妖怪の存在。
それが本当にガシャドクロなのかは、彼女自身も知らないし、興味もない。
ただ、目の前の天使を倒すための力を呼び出しただけ。
「そ、それがなんですの!? 結局はアンデッドに変わりはありませんわよ!」
天使の光線がガシャドクロに降り注ぐ。
アンデッドを浄化する、聖なる光。
「……なんで」
しかし、ガシャドクロは塩になるどころか、動きがまったく止まっていない。
巨大な手でつかむと、天使を簡単に捻りつぶして、光の粒子へと変えてしまった。
その光景を見て、崩れ落ちる召喚主。
「アンデッドなら……。いや、蘇ることを神が認めた存在……? いや、そんなことはありえませんわ。まさか……死者の信仰心する蘇らせて、概念を……?」
うわごとのように呟いているが、根黒マンサの耳には届いていない。
彼女の目に映っているのは、弟だけだ。
「かれ、かえ、して」
「そんなっ! わたくしから彼を奪うというのですの!?」
突然、大粒の涙を流し始めた女子高生。
「わたくし、生まれつき目がみえませんのよ?」
「だ、から?」
「かわいそうとは思いませんか? 小さい頃、必死に勉強して、召喚獣を通してやっと世界の色を知ったのですわよ」
「だ、から?」
「わたくしは。お父様がよく言っておりましたわ。
「かんけい、ない」
「酷いお人ですね。人でなし。地獄におちますわよ」
「どうでも、いい」
根黒マンサは弟に手を伸ばしていく。
ようやく届く。
ずっと探していた弟。
「おと、うと」
「ああ。なるほど。そういうことだったのですね」
突然、女子高生が弟を引っ張り、そしてキスをした。
あまりに突拍子の無い行動に、根黒マンサは固まる。
「彼、素敵ですわよね。魔法学校で出会って、一目惚れしてしまったのです。それで、この世界にハネムーンに来ましたの」
「かえ、せ」
「何をおっしゃいますか。わたくしたちはラブラブでしてよ? ねえ、あ・な・た?」
「あ……うぁ……が……」
弟の口から、ゾンビのような鳴き声が出ている。
明らかに意思を感じない。
しかし、女子高生は「ええ。ええ!」と相槌を打っている。
「えもちろん、わたくしも愛しておりますわよ。ほら! お
弟はフラフラと歩き出し、根黒マンサに近づいていく。
まるで、親元に帰ろうとするみたいに。
「あ……が……お……ぬぇ……つぃ……」
「ちょっと! なんで!? そうじゃありませんわよ!? わたくしを見捨てるんですか!?!?」
まるで悲劇のヒロインのように泣き叫ぶ女子高生。
その目の前で、ついに根黒マンサは弟を抱きしめようとしている。
「……………あー」
金髪の裏で、一瞬で涙が引き、まるでスイッチが切り替わったように冷徹な表情に変わった。
「あぁ~~~~~~~~。もういいですわ」
女子高生が手を叩く。
その次の瞬間には、弟の体がドロリと溶けて、赤と肌色のネバネバした何かに変わってしまった。
「……………………え?」
ずっと触れたかった、弟の体。
握りしめたかった手。
20年以上探し続けた、大事な人。
しかし、目の前で謎の液体に変わってしまった。
「……………………………………え?」
え、なんでそんなことをしたの?
弟?
なんでいなくなっちゃったの?
何かのイタズラ?
昔から、そうだったもんね。
やめて。
そういうの嫌いだから。
出てきて。
安心させて。
ねえ、やめて。
おかしいよ。
なんで。
弟?
え、これ、弟?
なに、これ。
ネバネバ。
え?
あれ?
何かおかしいよね?
あれ?
わたし、これ、ゆめ?
あれ?
ここ、どこ?
げんじつ?
あれ、いえ?
なに、え?
はえ?
え????????????
「ひゃはははははははははははははは! ざまあみろっ!」
女子高生は高笑いをしていた。
「わたくしの思い通りにならないものなんて要らない! 恋人ならまた作ればいいんですの!」
自分に酔っているみたいに、すべての動きが演技がかっている。
「愚かですわね。わたくしを攻撃することばかりを考えて、弟を連れて逃げることもしなかった。あなたの攻撃性がこの結果を招いたんですのよ? 何が弟ですか? あなたのような姉を持って、さぞや不幸だったでしょうね!!!」
完全に勝利を確信したのだろう。
女子高生は根黒マンサの小さい体を蹴りつけた。
彼女の体は弟だったネバネバした液体の中に倒れ込んだ。
「…………」
目を見開いたまま、瞬きもしていない。
呼吸も忘れている。
根黒マンサは、まるで死体のように動かなくなっていた。
その姿を見た金髪女子高生は心底失望したみたいに「はあ~~」とため息をついた。
「あーもう。つまらないですわねぇ。さっさと死んで頂けませんこと?」
金髪の女子高生は瓦礫を持ち、振り上げる。
向かう先は、根黒マンサの後頭部。
次に瞬きをした瞬間には、血の花が咲く。
その瞬間――
突然、巨大な鉄の塊に激突されて、金髪の女子高生は吹き飛ばされていった。