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第40話 相対 後編

 突然、巨大な鉄の塊に吹き飛ばされた、金髪の女子高生。


 根黒マンサはその光景をぼんやりと眺めていた。


 目の前で弟がネバネバした何かに変わり、死んだ。

 そのショックのせいで、まったく頭が動いていない。心が死んでいる。


 キキィという甲高い音が聞こえた。

 女子高生を吹き飛ばしたのが軽トラだと気付くのに、数瞬かかった。



「いてて……飛ばし過ぎたかも」



 懐かしい声だった。

 ずっとずっと聞きたかった声。


 じょしゅ……?

 じょしゅなの?

 ほんとうに?

 ゆめ?

 ちがう?

 え、じょしゅが、なんで?


 ようやく、根黒マンサの指が少しだけ動く。



「って、間違って轢いちゃったじゃないですかっ! 死んでないですよね!?!? いや、悪者だからいいのか? いや、よくない? あー。生きているからいいか」



 すごく間抜けな声だった。

 助手。


 倒れたままゆっくりと目を開けると、かすんだ視界に助手の顔が見えた。



「じょ、しゅ」

「お久しぶりです。探偵さん」



 助手の顔、暗いし、かすんでるし、よく見えない。

 もっとちゃんと見たい。

 近くで見たい。

 なんとなくだけど。


 石のように重い体を動かして、なんとか立ち上がる根黒マンサ。



「なん、で……?」

「会いたかったからですよ。なんとかマニュアル操作を思い出しながら、かっ飛ばしてきました」

「なん、で?」



 根黒マンサの目は、助手の右手をじっと見つめている。

 ギプスとかいう変な断末魔みたいなものに覆われているし、明らかに治っている様子はない。


 わたしがやったのに。



「これぐらい、大したことじゃないですよ」

「たいした、こと?」

「こんなのすぐに治るんですから、気にしないでください」

「でも…………」

「あーもー! いいですか、探偵さん。オレはもう、このことを許しています。気にしていません」

「でも」

「だったら、今ここで謝ってください」



 謝る、か。

 なぜか、助手の顔を見ていると謝るのが全然怖くない。



「ごめん、なさい」

「はい。許します。これでこの件はおしまいです」



 頭を撫でられて、根黒マンサは目を細めた。



「それよりも、随分派手にやりましたねぇ。さっさと逃げないと大変なことになりますよ。弟さんと勇者はどこですか?」



 勇者は、あれぐらいで死ぬとは思えない。


 問題は――



「……おと、うと、が」

「どうしたんですか?」

「………これ」



 根黒マンサは自分の周りにある、ネバネバしたものを指さした。

 これが弟。

 弟だったもの。


 信じられないことだけど、たぶん、ネクロマンスでも蘇らせないようにしたのかな。


 確かに、最終手段では生き返らせることも考えていた。


 でも、生き返らせるって行為はそんなに簡単にしてはいけない。

 魂は完全には戻らないかもしれない。

 少し性格が変わって、下手したら攻撃的になることもある。ママ――一ノ瀬恵子みたいに。



「……そう、ですか」

「どう、しよう。おと、うと」

「大丈夫ですよ。安心してください」

「なん……で?」



 助手は自信に満ち溢れた顔をしていた。

 それがあまりにも輝いて見えて、根黒マンサは目が離せなくなっていた。



「頭の中で声が聞こえるんです。大丈夫です」

「な、に?」

「今はオレのことを信じてください。弟さんのことはなんとかなります」



 助手は突然、根黒マンサの体を抱きしめた。


 え?

 なんで、こんなに強く抱きしめられてるの?



「こんな時を言っている場合じゃないのはわかっています。でも、もう我慢が出来ないんです」



 すごく、真剣な顔。

 でも、照れてる。顔が真っ赤。



「すみません。しばらく出会えなくて、この気持ちにようやく気付いたんです」

「……うん」



 なぜか、頷くことしかできなかった。

 ううん。わかってる。


 次に彼の口から出る言葉。



「オレーー手島京助は、あなたのことが大好きです」



 心臓が、グチャグチャになりそうだった。



「勇者みたいに、結婚しよう、なんて言えませんけど。探偵さん、戸籍ないですし。だけど、死ぬまで一緒にいたいと思っています」



 わかってる。

 嘘、つけないもんね、助手。



「うん」



 それしか言えなかった。

 すると突然、助手の顔が近づいてきて、根黒マンサは目を見開いた。


 キス、される?

 え?

 ちょっとまって。


 そのまま押し倒されて。



「たんていさん、無事、ですか?」



 あれ?

 なにかが、おかしい。


 助手の体、なんだかぐったりしてる。



「…………え?」



 一瞬、視界の端で天使の腕がサラサラと消えていくのが見えた。


 そして、助手の頭から、何かが垂れてきている。

 血とか、よくわからない液体とか……。


 助手の頭に穴が開いてたっけ?


 人間って、それで生きられたっけ?



「じょ、しゅ……?」



 いや。うそ。

 うそうそうそ。


 うそ。


 なんで。


 あ、しんぞう。


 とくん。

 とくん。

 とく。

 と。


 …………。



「…………ぁ?」



 静かだった。

 少女の胸からあふれる、不規則な心臓の音だけが響いている。



「あぁぁああぁぁあぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁ」



 さっきまで2人を照らしていた軽トラのフロントライトがチカチカと点滅し、消えた。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 20年以上探し続けた弟を目の前で失くした。

 そして、助けに来てくれた、この世界で一番信用している人の心臓が止まった。


 そんな少女の悲痛な叫びが、深夜の山に木霊した。

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