舞踏会から戻ったカサンドラは、アサルト殿下から婚約破棄を言い渡されたことを、両親に伝えた。

　だが、両親の反応は、驚くほどあっさりしていた。

「そうか。では、すぐに婚約破棄の書類をまとめよう。うん、うん……アサルト殿下の次の婚約者はシャリィに決まるな。よかった」

「えぇ、本当に、よかったわね、シャリィ」

　ふたりはカサンドラのことなど気にも留めず、まるで祝い事のように手を取り合い、喜び合っている。

（ふふ。ここまでくると……もう、笑うしかないわね。これならすぐに、王城へ書類を整えてくれるでしょう）

　カサンドラとアサルト殿下との婚約破棄は、正式な手続きを経て受理される。そして、婚約は正式に破棄され、貴族たちにも発表されることになる。そして、次の婚約者として、妹のシャリィが選ばれるだろう。

（そうなれば、私はしばらく社交界の噂の的ね。「殿下に捨てられた傷物」なんて呼ばれて、まともな結婚は望めない……というより、もう結婚なんてしたくない）

　そう心に決めたカサンドラは、両親に一つの願いを口にした。

「お喜びのところすみません。お父様、お母様にお願いがあります」

　カサンドラはこの屋敷を離れ、どこか遠くで静かに暮らしたいと申し出た。すると両親は、まるで厄介払いができるとばかりに、すぐに了承した。

「わかったわ。カサンドラは静かに暮らしたいのね。それなら、私が持っている辺境の別荘をあげる。あそこ、古くて税金ばかりかかるから、手放そうと思っていたの」

　そう言って、母は古びた鍵を差し出した。

　続けて父が言う。

「正式に婚約破棄が受理されれば、王家から慰謝料が支払われるはずだ。すぐにお前の口座へ振り込んでおこう。さらに、わずかだが毎月の生活費も送金しよう」

（つまり、手切れ金。私に、シャリィの邪魔はするな、というわけ。……でも、ギロチンから逃げられるし、お金ももらえる。むしろ好都合だわ）

「婚約破棄の手続きと、慰謝料、毎月の生活費、ありがとうございます。出発の準備が整い次第、お母様から、いただいた別荘へ向かいます」

「あぁ、そうしなさい。婚約破棄の手続きはこちらですべて手配しておく。カサンドラ、お前は何も心配しなくてよい」

「はい、お願いいたします。それでは、準備がありますので、これで失礼いたしますわ」

　両親に礼をして、自室に戻ったカサンドラは、いつも悩みを聞いてくれていた専属メイドのシュシュに、辺境の別荘へ移ることを告げた。

「え、辺境の別荘に行かれるのですか？」

「ええ。そこに移り住んで、楽しいことを見つけながら、のんびり余生を過ごそうと思ってるの。今までありがとう、シュシュ」

　いままでのお礼を述べると、シュシュは首を横に振る。

「……嫌です、カサンドラお嬢様！　私も連れていってください。お嬢様がいらっしゃらないこの屋敷には、もういたくありません。無理矢理にでも、ついて行きます！」

　そう言いながら、シュシュは勢いよく袖をまくると、クローゼットから旅行鞄とトランクを取り出し、荷物を詰め始めた。

「いいの？　……シュシュも一緒に来てくれるの？　これまでの通りに、お給金が貰えなくなるわ」

「お給金なんて、どうでもいいです。カサンドラお嬢様がいらっしゃらない、屋敷にはいたくないです！　お願いです連れていってください。私たち、趣味も合いますし！」

「ふふっ……そうね。ありがとう、シュシュ。一緒に行きましょう、辺境の別荘へ」

　こうして二人は協力して、必要な荷物を鞄とトランクに詰めはじめた。