ーー前から思っていたのだけど、ここは、別荘にしては庭園が広すぎない?
だけど、ここに咲いているのは定番のバラではく、見たこともない青や紫の花と野草、そしてハーブたちだった。
(ハーブは料理の使えるし、面白いから、そのままにしているけれど……見れば見るほど、不思議な花と野草よね)
カサンドラはそんな変わり種の草花を眺めながら、ゆったりと庭園を散歩していた。
「んん! 今日もいい天気。散歩の後は、私の水魔法と生活魔法で洗濯をして……そのあとはシュシュと読書の時間ね」
次に読む本は……『貴族たちの午後』? 『結ばれないふたりの恋』? それとも『最古のドラゴンと村娘』? どれも面白そうで、なかなか選べない。
のんびり歩いていたカサンドラの足元で、突然茂みが揺れた。次の瞬間、一匹のまん丸な茶色の獣が飛び出してきた。
「⁉︎」
その獣も、まさか庭園に人がいるとは思っていなかったのだろう。カサンドラを見た瞬間、驚いてスカートを持ち飛び跳ね、少し離れた場所に着地した。
「まあ! なんて、まん丸な獣⁉︎」
獣は彼女に向かって「ウワーーン!」と威嚇するような鳴き声を上げた。
「今度は鳴いたわ。……鳴き声も変わっていて可愛い。けれど、見たことがない獣ね。あなた、一体どこから来たの?」
「ウ、ウッウウ!!」
カサンドラが一歩近づくと、獣は怯えたように後ずさる。
「大丈夫よ、獣ちゃん。私は何もしないから、怖がらないで……それにしても、あなたは猫? それとも犬? ……うーん、見た目は犬かしら?」
「……ブッブ――不正解。正解は、タヌキだよ」
「まあ、タヌキ?」
(屋敷が、隣国に近い辺境地だから……変わった獣がいても不思議じゃないわね。茶色のモフモフした毛に、まんまるな瞳、ふさふさの太い尻尾)
「はじめて見るわ」
「なんだ、タヌキをはじめて見たのか?……おまえ、さては、都会から来たんだな?」
「都会? ええ、私はカサドール国の中心部から来ました。カサンドラと申しますの。よろしくね。ところでタヌキちゃん、シュシュお手製のバタークッキーを食べる?」
「バタークッキー? ……食う、けど。オレ、今ケガしてるから」
「ケガ?」
よく見ると、タヌキの体にはあちこちに傷があった。
「まあ大変! すぐに手当てをしないと」
「ま、待て! オレに触ると……おまえの綺麗な服が汚れちまうぞ?」
「そんなの平気ですわ。汚れたら洗えばいいだけですもの」
カサンドラはそっとタヌキを抱き上げ、庭園のテラスにいた、シュシュの元へと連れていった。
「シュシュ、見て! 庭で面白い獣を見つけたの。でもこの子、ケガをしていて……救急箱はどこだったかしら?」
「え、ケガをした獣? 救急箱はキッチンのテーブルの棚の上です。それで、カサンドラお嬢様……その獣は猫? 犬? ……あ、わかりました、猫ですね!」
「……不正解。タヌキです」
その言葉を聞いて、シュシュのメガネの奥の瞳がまんまるになる。
「言葉を話すタヌキ、ですか? 珍しい……面白いです。カサンドラお嬢様、たしか他国には“獣人”という種族がいると本で読んだことがあります。あなたは、その獣人ですか?」
「お、おう、そうだけど……」
その言葉に、シュシュのメガネがキラーンと光る。そしてタヌキを両手で持ち上げると、顔、お腹、尻尾と次々に観察しはじめた。
「カサンドラお嬢様、書物によると“人型と、動物の外見をあわせ持つ”とありますが……この子は全身モフモフの毛で覆われていますね」
「フフ、モフモフで触り心地がいいのよね」
「はい、とても気持ちいいです」
「うぎゃっ! 女! オレの尻尾はデリケートなんだ、勝手に触るな!」
「少しくらい、いいじゃありませんか。それに、どこをケガしてるのか確認しないと」
「うお? そこは見るなぁ!」
(ふふ、もうすっかり仲良しね)
カサンドラは救急箱を取りに、キッチンへと向かった。
やがて救急箱を手に戻ってくると、まだ騒がしくも仲睦まじい様子のふたりを見て、カサンドラはほほえんだ。そしてテラスに腰を下ろし、ティーポットから紅茶を注ぐ。
(この紅茶、冷めても味が変わらず美味しいわ)
「ふむふむ、足とお腹、それに手も……キズがあるわね」
「ちょっ、おまえ! この姿勢、恥ずかしいからやめろって! カサンドラもそこで優雅に寛いでないで、助けてくれ~!」
「タヌキ君、動かないでください。今、観察中ですので、お静かに」
「ぎゃーっ! だから見るなってば! カサンドラぁ~、本当に助けて~!」