「シュシュ、もういいわ。まずは、タヌキ君の傷を治しましょう」
「はい、カサンドラお嬢様」
けれど、タヌキ君の体はふわふわの毛に覆われていて、傷の様子がよく見えない。私は毛を丁寧にかき分けながら全身を調べていく。
顔、背中、前足、後ろ足、そしてお腹にまで――刃物による切り傷や擦り傷がいくつも見つかった。
(誰にやられたのかしら……でも、これはひどい)
「シュシュ、タヌキ君の体、ずいぶん汚れているわ。一度、水で洗ってあげた方が良さそうね」
「そうですね。洗濯用の木桶を持ってきます」
「ええ、お願い」
シュシュが裏から木の桶を抱えて戻ってくると、私は水魔法でそれに清らかな水を満たした。ただし、タヌキ君をそのまま桶に沈めるのではなく、タオルを浸して体を丁寧に拭っていく。
「ギャッ!」
タヌキ君が小さく叫び、ピクリと身を震わせた。水が冷たかったのだろう。そのまま体をぎゅっと縮めて固くなる。
「ごめんなさいね。冷たいけど……少しだけ我慢して」
「お、おう……」
タヌキ君の体に付いた泥や血を落とした後、清潔な布で体を包み、消毒液を小さな傷口に染み込ませ、傷薬を塗っていく。その横で、そっとカサンドラは手をかざした。
――回復魔法。私にできるのは、ほんの小さな癒やしだけ。
それでも、カサンドラの魔力に反応して、タヌキ君の傷が少しずつ癒えていく。
「イテテ……でも、ありがとな、シュシュ。それから、カサンドラ……いや、ドラって呼びづらいけど、回復魔法、使えるんだな。すげぇよ」
――ドラ?
その呼び方に、私は少し驚きつつも、思わず笑みをこぼした。
「ふふ、その呼び方、悪くないわね。でも……私の回復魔法じゃ、大きな傷は治せないの。ごめんなさい」
「はぁ? なんで謝るんだよ、ドラ。回復魔法なんて、それだけでスゲーんだぞ? 使えるやつなんて、そういないんだからな!」
タヌキ君はモフモフの前足を高く上げて、どや顔で私に見せてきた。
「ほら見ろよ、この擦り傷。もうほとんど痛くねぇ。マジですげぇって!」
横で見守っていたシュシュも、こくこくと頷いてくれる。
「そう……そんなに貴重な魔法だったのね。ありがとう、アオ君」
“すごい”“助かった”と、素直に喜んでくれるアオ君と、それにうなずくシュシュ。
その姿に、私の胸の奥がふわっと温かくなる。
――以前。
『そんな、小さな擦り傷しか治せない回復魔法が、いったい何の役に立つ?』
あのとき、アサルト殿下にそう言われた。心の中に刺さったままだった言葉。
けれど今は、「ありがとう」と言ってくれる人が目の前にいる。それだけで、私は救われたような気がした。
「ありがとう、タヌキ君、シュシュ……私のまわりには、喜んでくれる人なんて、あまりいなかったから。ちょっと……照れてしまいますわ」
「そっか。じゃあ、これからは俺が何度でも言ってやるよ。……なあ、ドラ、シュシュ。俺、アオってんだ。……しばらく、ここに置いてくれねぇか? この家、女の子ふたりだけだろ? 俺、腕にはそこそこ自信ある。用心棒でも何でもするからさ」
――タヌキ君、じゃなくてアオ君が、この家にいてくれる。
「いいの? アオ君、ここにいてくれるの?」
「ああ。ドラとシュシュがいいって言うならな」
「まあ、嬉しいわ! シュシュ、今日の夕食はちょっと豪華にしましょう!」
街へ出て、いいお肉を買って――夕食は、アオ君の歓迎会をすることにした。