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第10話

「シュシュ、もういいわ。まずは、タヌキ君の傷を治しましょう」


「はい、カサンドラお嬢様」


 けれど、タヌキ君の体はふわふわの毛に覆われていて、傷の様子がよく見えない。私は毛を丁寧にかき分けながら全身を調べていく。


 顔、背中、前足、後ろ足、そしてお腹にまで――刃物による切り傷や擦り傷がいくつも見つかった。


(誰にやられたのかしら……でも、これはひどい)


「シュシュ、タヌキ君の体、ずいぶん汚れているわ。一度、水で洗ってあげた方が良さそうね」


「そうですね。洗濯用の木桶を持ってきます」


「ええ、お願い」


 シュシュが裏から木の桶を抱えて戻ってくると、私は水魔法でそれに清らかな水を満たした。ただし、タヌキ君をそのまま桶に沈めるのではなく、タオルを浸して体を丁寧に拭っていく。


「ギャッ!」


 タヌキ君が小さく叫び、ピクリと身を震わせた。水が冷たかったのだろう。そのまま体をぎゅっと縮めて固くなる。


「ごめんなさいね。冷たいけど……少しだけ我慢して」


「お、おう……」


 タヌキ君の体に付いた泥や血を落とした後、清潔な布で体を包み、消毒液を小さな傷口に染み込ませ、傷薬を塗っていく。その横で、そっとカサンドラは手をかざした。


 ――回復魔法。私にできるのは、ほんの小さな癒やしだけ。


 それでも、カサンドラの魔力に反応して、タヌキ君の傷が少しずつ癒えていく。


「イテテ……でも、ありがとな、シュシュ。それから、カサンドラ……いや、ドラって呼びづらいけど、回復魔法、使えるんだな。すげぇよ」


 ――ドラ?


 その呼び方に、私は少し驚きつつも、思わず笑みをこぼした。


「ふふ、その呼び方、悪くないわね。でも……私の回復魔法じゃ、大きな傷は治せないの。ごめんなさい」


「はぁ? なんで謝るんだよ、ドラ。回復魔法なんて、それだけでスゲーんだぞ? 使えるやつなんて、そういないんだからな!」


 タヌキ君はモフモフの前足を高く上げて、どや顔で私に見せてきた。


「ほら見ろよ、この擦り傷。もうほとんど痛くねぇ。マジですげぇって!」


 横で見守っていたシュシュも、こくこくと頷いてくれる。


「そう……そんなに貴重な魔法だったのね。ありがとう、アオ君」


 “すごい”“助かった”と、素直に喜んでくれるアオ君と、それにうなずくシュシュ。


 その姿に、私の胸の奥がふわっと温かくなる。


 ――以前。


『そんな、小さな擦り傷しか治せない回復魔法が、いったい何の役に立つ?』


 あのとき、アサルト殿下にそう言われた。心の中に刺さったままだった言葉。


 けれど今は、「ありがとう」と言ってくれる人が目の前にいる。それだけで、私は救われたような気がした。


「ありがとう、タヌキ君、シュシュ……私のまわりには、喜んでくれる人なんて、あまりいなかったから。ちょっと……照れてしまいますわ」


「そっか。じゃあ、これからは俺が何度でも言ってやるよ。……なあ、ドラ、シュシュ。俺、アオってんだ。……しばらく、ここに置いてくれねぇか? この家、女の子ふたりだけだろ? 俺、腕にはそこそこ自信ある。用心棒でも何でもするからさ」


 ――タヌキ君、じゃなくてアオ君が、この家にいてくれる。


「いいの? アオ君、ここにいてくれるの?」


「ああ。ドラとシュシュがいいって言うならな」


「まあ、嬉しいわ! シュシュ、今日の夕食はちょっと豪華にしましょう!」


 街へ出て、いいお肉を買って――夕食は、アオ君の歓迎会をすることにした。

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