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第13話

 別荘に新しい家族、アオ君が加わってから一週間が過ぎた。


 そして今日は、ついに冒険ギルドへ向かう日。といっても、目指すのは今暮らしているデュオン国のギルドではなく、国境を越えた先にあるカーシン国の冒険者ギルドだ。


 というのも——。


 このデュオン国でギルドカードを作れば、その情報はすぐに王宮の冒険者管理局へ伝わってしまう。そうなると、


「公爵令嬢カサンドラが、婚約破棄のショックで冒険者に転身した」


「付き添いの青年、アオは愛人では?」


 ……そんな不愉快な噂が、あっという間に広まってしまうだろう。


 面倒なことになる前に手を打っておきたい。

それならいっそ、違う国の冒険者ギルドでカードを作った方がいい。


 旅気分も味わえる。という案が、昨夜の夕食中にみんなから出た。


 婚約破棄の噂はすでに、国中に広がっている。ここから、近い街の冒険者ギルドに行って、カサンドラの顔を見られただけで、話題になる可能性は高い。


 そんな中、アオ君がぽつりと提案した。


「だったら。オレの故郷、カーシンがいいよ」


「カーシンって、隣国の? 緑が多くて、亜人や人族、いろんな種族が共存しているって聞いたわ」


「お、ドラは物知りだな」


「ただ、習っただけよ……」


「でも、冒険のことは知らないだろ? オレの知ってる範囲になるけど、ちゃんと教えるから任せてくれよ」


 こうして、アオ君の故郷・カーシン国の冒険者ギルドで、ギルドカードを作ることが決まった。


翌朝——。


 朝食後、カサンドラとシュシュはキッチンで手早くお弁当を準備し始め。アオ君は近くの村まで出かけて、移動に使う荷馬車を借りてくる手筈になっている。


 その頃キッチンでは、初めての冒険を前に二人が花を咲かせていた。


「シュシュ、今日行く森には……本に出てくるようなモンスターがいるのよね?」


「はい、いると思います。たとえば、あの本に出てきた“ドロドロしたスライム”とか、“緑のゴブリン”とか……」


 ーーその本、私も読んだことがある。確かに、あんなモンスターに遭遇したら、ちょっと怖いかも。


「スライムとゴブリン……うん、少し怖いわね」


「はい、少しだけ、ですね」


 そんな会話をしながら、ふたりはハムとレタスを挟んだサンドイッチと、鳥のソテー入りのサンドイッチをお弁当箱に詰めていく。


 そこへ、荷馬車を借りて戻ってきたアオ君が、笑いながら声をかけた。


「ククッ、楽しそうだな。だけど、いきなりモンスターに会わせたりしないから安心しなって。最初は森で薬草採りだよ」


「え? 薬草採りだけ?」


「お帰りなさいませ。本当に……戦闘はしないのですか?」


「当たり前だろ? それに、モンスターと戦えるのはレベル五からなんだ。まずは採取や雑用でレベルを上げないと、討伐クエストなんて受けられないぜ」


「レベル五……討伐クエスト……」


「つまり、今日はモンスターに会えないってこと?」


 予想外の展開に、私たちは思わず肩を落とした。荷馬車に荷物を積みながら、アオ君が笑って励ます。


「そんなにガッカリすんなよ。冒険ついでの、ピクニックだと思えばいいだろ?」


「ピクニック? 私、したことないわ」


「カサンドラお嬢様、私もです」


「まじか……! ピクニックって、外でお日様の下で食べるお弁当、最高に美味いんだ。今日は天気もいいし、きっと楽しいよ」


 お日様の下で、お弁当を食べる……。

 それは、確かに楽しみかもしれない。


「「はーい!」」


「採取ってのも、案外いろんな発見があって面白いぞ」と、御者席に座った、アオ君が荷馬車の手綱を操りながら言った。


 カサンドラは目立たないよう、後ろの荷台で身を隠し。国境門で通行税を支払う、シュシュはアオ君の隣に腰掛ける。


「さあ、出発だ!」


「アオ君、よろしくね。ピクニック、楽しみですわ」


「はい、楽しみです!」


 荷馬車はのんびりと、草原を進んでいく。

 一時間ほどして、私たちは石造りの国境門に到着し、通行税を払い、ついに緑豊かなカーシン国へと、足を踏み入れた。

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