数分後、私たちはロロの森に到着し、荷馬車を停めて、まずは昼食をとることにした。森の木陰に敷物を広げ、のんびりとした時間が始まる。
「アオ君、シュシュ、さあ、召し上がれ」
私は水魔法で手拭きタオルを湿らせ、トランク型のバスケットを開いた。
中には人数分の取り皿とコップ、お手製のサンドイッチとレモン水の水筒。デザートには果物と、プチケーキ、アーモンドクッキーまで詰め込んでいる。
「「いただきます」」
「ドラお嬢様、レモン水をどうぞ」
「ありがとう、シュシュ」
青空の下、木漏れ日の差し込む敷物の上で、自然の匂いと鳥のさえずりに包まれての食事は、どこか特別な味がした。
(ピクニックって、こんなにも食事が美味しくて、心が穏やかになるものなのね)
レモン水を一口飲んだアオ君が、空を見上げながらにっこりと笑う。
「な、外で食べるご飯はうまいだろう?」
その言葉に頷いて、カサンドラもサンドイッチにかぶりつく。
「本当に。アオ君の言う通り、外で食べると何倍も美味しく感じるわ」
「なっ……! で、でしょーがっ!」
屋敷では家族と摂らず、ずっと一人で食事をとっていた。誰とも話さず、黙々と料理を口に運ぶだけ。でも、別荘に来てからは違った。アオ君やシュシュと一緒に食卓を囲む日々が増えた。
そうして、カサンドラは気付いたのだ。
食事とは、ただ空腹を満たすためだけのものではなく、誰かと気持ちを通わせる、大切な時間なのだと。
(シュシュと、一緒に作ったサンドイッチだから、より美味しく感じるのね)
――もしかしたら、これが「幸せ」というものなのかもしれない。
⭐︎
食事を終えて、冒険者ギルドから請けた依頼の、ミーン草の採取に取りかかることにした。まずはアオ君が、見本となるミーン草を見せてくれる。
「これが、ドラとシュシュに採ってもらうミーン草だ」
「まぁ、これが……」
「かしこまりました」
ミーン草は、ロロの森のあちこちに生えている薬草で、初心者にも見つけやすい。
「そうそう、一つだけ注意だ。変な色のキノコとか。ミーン草以外の得体の知れない、植物には絶対触るなよ」
「わかりましたわ」
「わかりました」
返事を返したカサンドラは、隣のシュシュの手を握りしめる。
「さあ、行きましょう」
「はい、ドラお嬢様」
「あんまり、遠くに行くなよー!」
「わかっています!」
手をつないで、ロロの森の中へ入っていく、カサンドラたちをアオ君が見守る。その背に、不安が一瞬よぎったことを、このときの彼はまだ知らなかった。
⭐︎
一時間ほど経ち、薬草を当てめた二人が、再び木の下に戻ってくる。
「アオ君、たくさん採れたわ」
「アオ君、戻りました」
アオ君はちょうど、自分が採ったミーン草を、荷馬車に積み終えたところだった。
「おかえり。初めての採取はどうだった?」
「とても楽しかったわ」
「私も、とっても!」
興奮気味のカサンドラは、自分のカゴをアオ君に見せた。
「見てください。ミーン草に可愛いお花、それから、珍しいキノコと木の実も見つけましたわ」
カサンドラのカゴの中には、ミーン草の他に、色とりどりの森に咲く野花、赤や紫の不気味な色をしたキノコ、青く光る変わった木の実まで入っている。
それを見たアオ君の表情が、見る間に険しくなっていく。
「……あのな、ドラ。言いにくいけど、ミーン草はこの三本だけ。他は見ても分かる通り、全部……毒だ。まぁ野花はセーフだけど……」
「毒? そ、そんな……! こんなに綺麗なのに?」
「色が綺麗でも毒は、毒だ。ドラ、もう一回採取な。危険なキノコと木の実は、森に返してこい。シュシュは完璧だ、お見事!」
「……ありがとうございます」
褒められるシュシュを見て、カサンドラは頬をふくらました。
「ドラ、むくれてもクエストは終わらんぞ」
「えぇ、わかっているわ。もう一度、行ってきます」
今度は、アオ君がミーン草がよく生えている場所を案内してくれて、カサンドラは一人で森へ戻る。
⭐︎
その数分後。森から戻ってくると、アオ君とシュシュが笑顔で出迎えてくれた。カサンドラは軽く息を整え、「ただいま、戻りましたわ」と言って、採ってきたミーン草の入ったカゴをアオ君に手渡した。
アオ君は中をのぞき、目を輝かせる。
「どれどれ……おおっ、今度は全部ミーン草だ! おつかれ、ドラ!」
「おつかれさまでした、ドラお嬢様」
「ええ、もう……すっかり疲れましたわ」
少し疲れた表情を浮かべたカサンドラに、そっと近づいたシュシュが、白詰草で編んだ花冠を頭にのせた。
「えっ……なにこれ? 白詰草の花冠?」
「はい。ドラお嬢様を待つ間、アオ君と一緒に作ったんです」
「ほんとに? とっても可愛い……ありがとう」
そっと花冠に手を添えながら、カサンドラはふたりに優しく微笑みかけた。