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第17話

 数分後、私たちはロロの森に到着し、荷馬車を停めて、まずは昼食をとることにした。森の木陰に敷物を広げ、のんびりとした時間が始まる。


「アオ君、シュシュ、さあ、召し上がれ」


 私は水魔法で手拭きタオルを湿らせ、トランク型のバスケットを開いた。


 中には人数分の取り皿とコップ、お手製のサンドイッチとレモン水の水筒。デザートには果物と、プチケーキ、アーモンドクッキーまで詰め込んでいる。


「「いただきます」」


「ドラお嬢様、レモン水をどうぞ」

「ありがとう、シュシュ」


 青空の下、木漏れ日の差し込む敷物の上で、自然の匂いと鳥のさえずりに包まれての食事は、どこか特別な味がした。


(ピクニックって、こんなにも食事が美味しくて、心が穏やかになるものなのね)


 レモン水を一口飲んだアオ君が、空を見上げながらにっこりと笑う。


「な、外で食べるご飯はうまいだろう?」


 その言葉に頷いて、カサンドラもサンドイッチにかぶりつく。


「本当に。アオ君の言う通り、外で食べると何倍も美味しく感じるわ」


「なっ……! で、でしょーがっ!」


 屋敷では家族と摂らず、ずっと一人で食事をとっていた。誰とも話さず、黙々と料理を口に運ぶだけ。でも、別荘に来てからは違った。アオ君やシュシュと一緒に食卓を囲む日々が増えた。


 そうして、カサンドラは気付いたのだ。

 食事とは、ただ空腹を満たすためだけのものではなく、誰かと気持ちを通わせる、大切な時間なのだと。


(シュシュと、一緒に作ったサンドイッチだから、より美味しく感じるのね)


 ――もしかしたら、これが「幸せ」というものなのかもしれない。


 ⭐︎


 食事を終えて、冒険者ギルドから請けた依頼の、ミーン草の採取に取りかかることにした。まずはアオ君が、見本となるミーン草を見せてくれる。


「これが、ドラとシュシュに採ってもらうミーン草だ」


「まぁ、これが……」

「かしこまりました」


 ミーン草は、ロロの森のあちこちに生えている薬草で、初心者にも見つけやすい。


「そうそう、一つだけ注意だ。変な色のキノコとか。ミーン草以外の得体の知れない、植物には絶対触るなよ」


「わかりましたわ」

「わかりました」


 返事を返したカサンドラは、隣のシュシュの手を握りしめる。


「さあ、行きましょう」

「はい、ドラお嬢様」


「あんまり、遠くに行くなよー!」


「わかっています!」


 手をつないで、ロロの森の中へ入っていく、カサンドラたちをアオ君が見守る。その背に、不安が一瞬よぎったことを、このときの彼はまだ知らなかった。


 ⭐︎


 一時間ほど経ち、薬草を当てめた二人が、再び木の下に戻ってくる。


「アオ君、たくさん採れたわ」

「アオ君、戻りました」


 アオ君はちょうど、自分が採ったミーン草を、荷馬車に積み終えたところだった。


「おかえり。初めての採取はどうだった?」


「とても楽しかったわ」

「私も、とっても!」


 興奮気味のカサンドラは、自分のカゴをアオ君に見せた。


「見てください。ミーン草に可愛いお花、それから、珍しいキノコと木の実も見つけましたわ」


 カサンドラのカゴの中には、ミーン草の他に、色とりどりの森に咲く野花、赤や紫の不気味な色をしたキノコ、青く光る変わった木の実まで入っている。


 それを見たアオ君の表情が、見る間に険しくなっていく。


「……あのな、ドラ。言いにくいけど、ミーン草はこの三本だけ。他は見ても分かる通り、全部……毒だ。まぁ野花はセーフだけど……」


「毒? そ、そんな……! こんなに綺麗なのに?」


「色が綺麗でも毒は、毒だ。ドラ、もう一回採取な。危険なキノコと木の実は、森に返してこい。シュシュは完璧だ、お見事!」


「……ありがとうございます」


 褒められるシュシュを見て、カサンドラは頬をふくらました。


「ドラ、むくれてもクエストは終わらんぞ」


「えぇ、わかっているわ。もう一度、行ってきます」


 今度は、アオ君がミーン草がよく生えている場所を案内してくれて、カサンドラは一人で森へ戻る。


 ⭐︎


 その数分後。森から戻ってくると、アオ君とシュシュが笑顔で出迎えてくれた。カサンドラは軽く息を整え、「ただいま、戻りましたわ」と言って、採ってきたミーン草の入ったカゴをアオ君に手渡した。


 アオ君は中をのぞき、目を輝かせる。


「どれどれ……おおっ、今度は全部ミーン草だ! おつかれ、ドラ!」


「おつかれさまでした、ドラお嬢様」


「ええ、もう……すっかり疲れましたわ」


 少し疲れた表情を浮かべたカサンドラに、そっと近づいたシュシュが、白詰草で編んだ花冠を頭にのせた。


「えっ……なにこれ? 白詰草の花冠?」


「はい。ドラお嬢様を待つ間、アオ君と一緒に作ったんです」


「ほんとに? とっても可愛い……ありがとう」


 そっと花冠に手を添えながら、カサンドラはふたりに優しく微笑みかけた。

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