ミーン草の採取を終え、カサンドラたちはロロの森から荷馬車に揺られ、ララサの街の冒険者ギルドへ報告に戻っていた。
道中、カサンドラは荷台で鼻歌を歌っていた。頭には、二人から贈られたシロツメクサの花冠。お気に入りの宝物のように、大切にかぶっている。
「ドラお嬢様、ご機嫌ですね」
「クク、その花冠、気に入ってくれたみたいだな」
「ええ、とても気に入りましたわ。別荘に帰ったら、ドライフラワーにして飾るつもりですの」
二人の気持ちがこもった、世界に一つだけの贈り物。
今まで、王子殿下や両親から贈られたものは、どれも心のこもらない。妹の“いらない物”ばかりだった。
いま思えば、カサンドラが大切にしていた品々は、押しつけられただけの物だったのだ。
(当時は嬉しかったけれど……。今ならわかるわ。私はずっと余り物を「プレゼント」だと、思っていたのね)
そんな過去の思い出も、いまのカサンドラにはもう遠い。
陽気に鼻歌を口ずさむ彼女の姿に、御者席の二人も自然と笑みをこぼす。
「ドラお嬢様に喜んでもらえて、嬉しいです」
「ああ、本当に」
「フフ、私もお礼をしなくてはね」
お返しはもう決めてある。森で摘んだ野花を押し花にして、二人にお揃いの栞を作るつもり。二人とも読書好きだから、きっと喜んでくれるはず。
⭐︎
ララサの街に着くと、荷馬車を預けて冒険者ギルドへ向かった。朝と変わらず、ギルド内は人でごった返している。
「ドラ、シュシュと一緒に受付に行って、ミーン草を渡して報酬をもらってこい」
「ええ、わかりましたわ。行きましょう、シュシュ」
「はい、お嬢様」
カサンドラとシュシュは、ミーン草の入った籠を手に、受付へと向かっていった。
一方その頃――。
それを見送ったアオは、ギルドの片隅にたむろする一組の、獣人パーティーに近付いていた。
「……お前ら、なんで俺たちのあとをつけてる?」
アオが声をかけたのは、かつての仲間だった、獣人だけのパーティーだった。
「ハッハ、そりゃ気になるだろ? 俺たちのパーティーで一番役立たずだったお前が、あんな可愛い女の子と冒険してるんだからよ」
「何もできねぇくせに、ずるいよな」
「ずるい」
「ずるい」
「……別に、ずるくなんかない。あの二人は、ケガをして動けなかった俺を助けてくれた。それに、俺は恩を返してるだけだ。……まさか、また卑怯な手を使う気か? 二人に手を出したら――絶対に許さない」
その言葉に、パーティーのリーダー格である大柄な獣人が、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「はっ、俺に負けたくせによく言うぜ」
「……あの時は負けた。でも、今は違う」
「なんだと? やるか?」
「上等だ。前の借り、返させてもらう」
アオが一歩踏み出そうとした、その瞬間。
ふいに、誰かがアオの手を取った。
「もう、アオ君。こんなところにいたのね。探しましたわ。……まだ報告、終わっていないんでしょう?」
「え、あ、ああ、まだ……」
「だったら、早く済ませて帰りましょう」
カサンドラがあの花冠をつけたまま、何事もなかったかのように、アオの手を引いていく。
一瞬、後ろのパーティーに警戒したが――
「またな、アオ」
ニヤニヤと笑い、手を振る旧パーティーのボス。
――数ヶ月前。カサンドラと出会う以前。
その男は、パーティーのボスを決める真剣勝負の日、酒に睡眠薬を混ぜてアオに飲ませ、不正に勝利した。
意識の朦朧とする中、アオは徹底的に叩きのめされ、その後も「下っ端」として扱われた。ケガをして動けなくなれば、容赦なく追い出された。
――仲間など、最初から存在しなかったのだ。
けれど今、アオの手を引く仲間がいる。
そう、新しい仲間、新しい居場所。アオは一度だけ振り返り、過去を断ち切るように背を向けた。