目次
ブックマーク
応援する
3
コメント
シェア
通報

第19話

 ――アオ、また会おうなっ。


 アオにそう言い残し、ニヤニヤと笑って去っていく、かつての冒険者の仲間たち。


 カサンドラはアオ君の手を取り、隣にいるシュシュの手も引いて一度、冒険者ギルドの外に出た。


「ねえ、アオ君……」


「……ん?」


 ーー今、アオ君が話していた人たちは、きっと昔の冒険者の仲間、聞きたい。でも、それを掘り下げるのは、彼の過去に踏み込むことになる。


 カサンドラはそう考えながら、かつて自分の周囲にいた、貴族の令嬢たちの無遠慮な詮索を思い出していた。


『カサンドラ様、あちらにアサルト殿下と妹君のシェリィ様がご一緒でしたわ』


『まぁ、お二人とっても親しそう』


 ――くだらない。あの頃は何をするにも、周りに監視されていたわ。


 気にしていないふりをして微笑むと、それが気に障ったのか。ありもしない噂を立てられ、周囲から、距離を取られるようにもなった。


(それからよね。本当に、誰も近付いてこなくなったのは)


 それでも今は、そばにいてくれる二人がいる。

 カサンドラは小さく微笑み、言った。


「アオ君、今日は冒険に連れてきてくれてありがとう。また、一緒に行きましょうね」


「おう。……ま、次も採取クエストになるけどな」


 ギルドに報告して、クエストは無事に終わり、経験値も得られたが。カサンドラと、シュシュのレベルはまだ「1」他のクエストは受けられない。


「えぇ、構わないわ。大切なのは、冒険を楽しむことよ」


「……そう、だな。楽しけりゃ、それでいい」


 アオ君が空を見上げる。


「そろそろ国境を出ないと、日が暮れる。夜のこの街は、酒場も花街も賑わい始めるからな――危険だ」


 馬車に戻ろうとしたとき、カサンドラのお腹が『グゥ――ッ』と鳴った。昼に用意していたおやつは、とっくに皆で平らげてしまっている。


(動いて、お腹が空いたわ。帰ってから作るより、何か食べ物を買って、みんなで食べながら帰りたいわ)


「待って、アオ君、シュシュ、馬車に行くのストップ! 私、お腹が空いたの。近くにパン屋か、ケーキ屋さんはない?」


「近くにパン屋か、ケーキ屋? だったら、オレの行きつけで。ここから近い、美味いパン屋に案内するよ」


「ほんと。じゃあ、よろしく頼むわ!」


「わかった、ドラ、シュシュ、オレから離れず、後をついてこいよ」


 アオ君に導かれて、裏路地にある木造の店へ。

 店に近付くと、香ばしいパンの香りが漂ってくる。


「着いた。ここがミルンのパン屋。オレの行きつけの店だ」


「まあ、パンのいい匂い……早く中に入りましょう!」


「はい、とっても、お腹がすく香りです」


 店の扉を開けるとリリ―ンとベルが鳴り、元気で可愛らしい声が、カサンドラ達を出迎えた。


「いらっしゃいませ!」


 現れたのは、淡いピンクのワンピースに白いエプロンをまとった、長い耳のウサギの獣人の女の子。


(……可愛い。この子は、ウサギの獣人なのね)


 その女の子はアオ君を見るなり、ぱっと顔を輝かせて、膝に飛びついた。


「アオにぃだ! 最近来ないから、もう来てくれないのかと思ったよ」


 拗ねるように話す女の子を、アオ君は慣れた様子で抱き上げ、優しく答えた。


「悪かったな、チロ。元気にしてたか?」


「うん、わたしもパパも元気。でもね、ママが……今、風邪で寝ているの」


 少し寂しげに俯く、小さな頭を、アオ君は優しく撫でた。


「そうか……じゃあ、風邪薬が必要だな」


「うん。パパがパン屋の仕事のあと、その薬草を探してるんだけど、なかなか見つからないの」


「……風邪に効く薬草か。あれは、確かに手に入りづらいからな。オレも探してみるよ」


 カサンドラは心の中で「私も」と叫びたかった。けれど、初対面でずかずか踏み込んでもいいのかと、迷いが先に立った。


(でも……やっぱり、放っておけない)


 思わず、表情に出たカサンドラの表情に、アオ君は気付く。


「ドラ、シュシュ。風邪に効く薬草を、一緒に探してくれないか?」


「……えぇ、私で良ければ、喜んでお手伝いしますわ」


「私も、お力になれるかはわかりませんが……ドラお嬢様と一緒に、頑張ります」


 チロはアオ君の腕から飛び降り、カサンドラたちに駆け寄る。


「お姉ちゃんたち、ありがとう! チロ、すっごく嬉しい!」


 そして、ぎゅっとカサンドラに抱きついた。


(か、可愛い……。お姉ちゃんって呼ばれるの、なんだかくすぐったい。でも、もっと喜ばせてあげたいわ)


 カサンドラは店内を見回し、言った。


「ねぇチロちゃん、もう閉店の時間かしら? 残ってるパン、全部いただける?」


「パンを、ぜ、全部!? お姉ちゃん、いいの!?」


「えぇ。私、お腹ぺこぺこなの」


「はい。私も、お腹空きました……」


 そのカサンドラ達の言葉に、チロは花が咲いたように笑い。


「ちょっと待ってて! パパー! お店のパンを、ぜんぶ買いたいってお客さんが来たよー!」


 奥に駆けていった、チロの声に応えるように、『なんだと?』と野太い声が響く。次の瞬間、店の奥から現れたのは――


 がっしりとした体格の、ウサギの獣人の男性。

 だがその姿は、フリフリのエプロンを身にまとっていた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?