――アオ、また会おうなっ。
アオにそう言い残し、ニヤニヤと笑って去っていく、かつての冒険者の仲間たち。
カサンドラはアオ君の手を取り、隣にいるシュシュの手も引いて一度、冒険者ギルドの外に出た。
「ねえ、アオ君……」
「……ん?」
ーー今、アオ君が話していた人たちは、きっと昔の冒険者の仲間、聞きたい。でも、それを掘り下げるのは、彼の過去に踏み込むことになる。
カサンドラはそう考えながら、かつて自分の周囲にいた、貴族の令嬢たちの無遠慮な詮索を思い出していた。
『カサンドラ様、あちらにアサルト殿下と妹君のシェリィ様がご一緒でしたわ』
『まぁ、お二人とっても親しそう』
――くだらない。あの頃は何をするにも、周りに監視されていたわ。
気にしていないふりをして微笑むと、それが気に障ったのか。ありもしない噂を立てられ、周囲から、距離を取られるようにもなった。
(それからよね。本当に、誰も近付いてこなくなったのは)
それでも今は、そばにいてくれる二人がいる。
カサンドラは小さく微笑み、言った。
「アオ君、今日は冒険に連れてきてくれてありがとう。また、一緒に行きましょうね」
「おう。……ま、次も採取クエストになるけどな」
ギルドに報告して、クエストは無事に終わり、経験値も得られたが。カサンドラと、シュシュのレベルはまだ「1」他のクエストは受けられない。
「えぇ、構わないわ。大切なのは、冒険を楽しむことよ」
「……そう、だな。楽しけりゃ、それでいい」
アオ君が空を見上げる。
「そろそろ国境を出ないと、日が暮れる。夜のこの街は、酒場も花街も賑わい始めるからな――危険だ」
馬車に戻ろうとしたとき、カサンドラのお腹が『グゥ――ッ』と鳴った。昼に用意していたおやつは、とっくに皆で平らげてしまっている。
(動いて、お腹が空いたわ。帰ってから作るより、何か食べ物を買って、みんなで食べながら帰りたいわ)
「待って、アオ君、シュシュ、馬車に行くのストップ! 私、お腹が空いたの。近くにパン屋か、ケーキ屋さんはない?」
「近くにパン屋か、ケーキ屋? だったら、オレの行きつけで。ここから近い、美味いパン屋に案内するよ」
「ほんと。じゃあ、よろしく頼むわ!」
「わかった、ドラ、シュシュ、オレから離れず、後をついてこいよ」
アオ君に導かれて、裏路地にある木造の店へ。
店に近付くと、香ばしいパンの香りが漂ってくる。
「着いた。ここがミルンのパン屋。オレの行きつけの店だ」
「まあ、パンのいい匂い……早く中に入りましょう!」
「はい、とっても、お腹がすく香りです」
店の扉を開けるとリリ―ンとベルが鳴り、元気で可愛らしい声が、カサンドラ達を出迎えた。
「いらっしゃいませ!」
現れたのは、淡いピンクのワンピースに白いエプロンをまとった、長い耳のウサギの獣人の女の子。
(……可愛い。この子は、ウサギの獣人なのね)
その女の子はアオ君を見るなり、ぱっと顔を輝かせて、膝に飛びついた。
「アオにぃだ! 最近来ないから、もう来てくれないのかと思ったよ」
拗ねるように話す女の子を、アオ君は慣れた様子で抱き上げ、優しく答えた。
「悪かったな、チロ。元気にしてたか?」
「うん、わたしもパパも元気。でもね、ママが……今、風邪で寝ているの」
少し寂しげに俯く、小さな頭を、アオ君は優しく撫でた。
「そうか……じゃあ、風邪薬が必要だな」
「うん。パパがパン屋の仕事のあと、その薬草を探してるんだけど、なかなか見つからないの」
「……風邪に効く薬草か。あれは、確かに手に入りづらいからな。オレも探してみるよ」
カサンドラは心の中で「私も」と叫びたかった。けれど、初対面でずかずか踏み込んでもいいのかと、迷いが先に立った。
(でも……やっぱり、放っておけない)
思わず、表情に出たカサンドラの表情に、アオ君は気付く。
「ドラ、シュシュ。風邪に効く薬草を、一緒に探してくれないか?」
「……えぇ、私で良ければ、喜んでお手伝いしますわ」
「私も、お力になれるかはわかりませんが……ドラお嬢様と一緒に、頑張ります」
チロはアオ君の腕から飛び降り、カサンドラたちに駆け寄る。
「お姉ちゃんたち、ありがとう! チロ、すっごく嬉しい!」
そして、ぎゅっとカサンドラに抱きついた。
(か、可愛い……。お姉ちゃんって呼ばれるの、なんだかくすぐったい。でも、もっと喜ばせてあげたいわ)
カサンドラは店内を見回し、言った。
「ねぇチロちゃん、もう閉店の時間かしら? 残ってるパン、全部いただける?」
「パンを、ぜ、全部!? お姉ちゃん、いいの!?」
「えぇ。私、お腹ぺこぺこなの」
「はい。私も、お腹空きました……」
そのカサンドラ達の言葉に、チロは花が咲いたように笑い。
「ちょっと待ってて! パパー! お店のパンを、ぜんぶ買いたいってお客さんが来たよー!」
奥に駆けていった、チロの声に応えるように、『なんだと?』と野太い声が響く。次の瞬間、店の奥から現れたのは――
がっしりとした体格の、ウサギの獣人の男性。
だがその姿は、フリフリのエプロンを身にまとっていた。