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第20話

 チロと同じ縦長の耳を持っているが、体はがっしりとした筋肉質で、背もアオ君よりずっと高い。パン屋というより、素手でモンスターと、戦っていそうな戦士のような風貌だ。


 ――けれど、その口調は驚くほどやさしかった。


「ルル、本当にこのお嬢さんが、ウチのパンを全部買ってくれるって?」


 チロは、可愛らしくうなずく。


「うん、パパ。このお姉さんがぜんぶ、買ってくれるんだって」


「ええ、全部いただくわ。その代わり、そこのカフェスペースで、一つか二つ食べさせてもらってもいいかしら?」


 カサンドラは空腹で限界だった。


 パンを選ぼうとトレーを取ると、シュシュとアオ君も香ばしい香りに、引き寄せられるように後ろに続いた。


「ドラお嬢様、私、パン五個食べます」

「オレも食う」


「どうぞ。チロ、奥からパン用の袋と、包み紙を持ってきてくれるかい?」


「はーい、パパ!」


 チロは奥へと小走りで向かい、パパさんはパンを手際よく、まとめながら準備を始める。


「お客さま、コーヒーや紅茶もご自由にどうぞ。選んだパンは魔石トースターで温められますよ……って、ん? お前、アオじゃないか? ギギたちのパーティーから追い出されたって聞いたぞ?」


 カサンドラたちの後ろにいたアオ君を見て、パパさん――スズは目を見開いた。


「スズさん、久しぶり。あいつらに「使えないヤツはいらない」って、ボロボロにされて追い出されたんだ。あてもなく彷徨って、隣国デュオンでドラとシュシュに助けられた」


「……助けられた、か」


 ぽん、と優しく頭を撫でられて、アオ君は少し照れたように笑った。


(よかった……アオ君には優しくしてくれる人がいる。さっきの人たちみたいなのばかりじゃないんだ)


「シュシュ、選んだパンを温めて食べましょう」


「はい、お嬢様」


 二人は、魔石トースターにパンを入れてみたものの、使い方が分からない。


「……これ、どうやって使うのかしら?」

「私も初めてなので……」


 とりあえず押せそうなボタンを押し、摘みを回してみるが、何の反応もない。


(……謎ね)


「ちょっと待て、ドラ、シュシュ。使い方はオレが教える。スズさん、オレはもう大丈夫だから……心配してくれてありがとう。奥さんの風邪、早く治るといいね」


「ありがとう。冒険のついでに薬草を探してるんだが、なかなか見つからなくてな」


「あの薬草、かなり希少だからね……オレも探してみるよ」


「本当か? 薬草の知識があるアオが探してくれるなら、心強い」


「見つけたら、すぐに連絡するよ」


 そう言ってアオ君はカサンドラたちの元へ戻り、魔石トースターの使い方を教えてくれた。


 使い方は簡単だった。魔石のカゴから赤く光る「火の魔石」をトングで取り出し、トースターの「魔石置きボタン」を押すだけ。


 魔石が温まり、じわりとパンを熱してくれる。魔石を多く入れれば、外はカリッと香ばしく、中はふわふわに。


「ドラ、シュシュ。パンが焼き上がったぞ」


「ありがとう。いい香り……」

「ありがとうございます」


 焼きたてのパンは、外はサクサク、中はふわふわで湯気を立てていた。家では一日食べる分しか焼かないため、時間が経つと固くなってしまうけれど。この魔石トースターがあれば、いつでも焼きたてが味わえる。


(次に来たときは、このトースター、買うしかないわね)


「ドラお嬢様、サクサクで、とっても美味しいです」


 パンを頬張るシュシュは、今とても幸せそうな顔をしていた。


 それを見て、カサンドラの記憶が蘇る。あの最後の日――牢屋越しにシュシュと二人、乾ききった、味気ない固いパンを分け合ったこと。


 あれは食事というより、生き延びるための義務だった。美味しさも、温かさも、何もなかった。


 でも今、目の前のシュシュは幸せそうに笑っている。


「本当に……サクサクで、美味しいわ」


 あの味を、あの時の記憶を、カサンドラは決して忘れない。


 そして、もう二度と――


 あんなパンを、シュシュには食べさせたくない。


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