チロと同じ縦長の耳を持っているが、体はがっしりとした筋肉質で、背もアオ君よりずっと高い。パン屋というより、素手でモンスターと、戦っていそうな戦士のような風貌だ。
――けれど、その口調は驚くほどやさしかった。
「ルル、本当にこのお嬢さんが、ウチのパンを全部買ってくれるって?」
チロは、可愛らしくうなずく。
「うん、パパ。このお姉さんがぜんぶ、買ってくれるんだって」
「ええ、全部いただくわ。その代わり、そこのカフェスペースで、一つか二つ食べさせてもらってもいいかしら?」
カサンドラは空腹で限界だった。
パンを選ぼうとトレーを取ると、シュシュとアオ君も香ばしい香りに、引き寄せられるように後ろに続いた。
「ドラお嬢様、私、パン五個食べます」
「オレも食う」
「どうぞ。チロ、奥からパン用の袋と、包み紙を持ってきてくれるかい?」
「はーい、パパ!」
チロは奥へと小走りで向かい、パパさんはパンを手際よく、まとめながら準備を始める。
「お客さま、コーヒーや紅茶もご自由にどうぞ。選んだパンは魔石トースターで温められますよ……って、ん? お前、アオじゃないか? ギギたちのパーティーから追い出されたって聞いたぞ?」
カサンドラたちの後ろにいたアオ君を見て、パパさん――スズは目を見開いた。
「スズさん、久しぶり。あいつらに「使えないヤツはいらない」って、ボロボロにされて追い出されたんだ。あてもなく彷徨って、隣国デュオンでドラとシュシュに助けられた」
「……助けられた、か」
ぽん、と優しく頭を撫でられて、アオ君は少し照れたように笑った。
(よかった……アオ君には優しくしてくれる人がいる。さっきの人たちみたいなのばかりじゃないんだ)
「シュシュ、選んだパンを温めて食べましょう」
「はい、お嬢様」
二人は、魔石トースターにパンを入れてみたものの、使い方が分からない。
「……これ、どうやって使うのかしら?」
「私も初めてなので……」
とりあえず押せそうなボタンを押し、摘みを回してみるが、何の反応もない。
(……謎ね)
「ちょっと待て、ドラ、シュシュ。使い方はオレが教える。スズさん、オレはもう大丈夫だから……心配してくれてありがとう。奥さんの風邪、早く治るといいね」
「ありがとう。冒険のついでに薬草を探してるんだが、なかなか見つからなくてな」
「あの薬草、かなり希少だからね……オレも探してみるよ」
「本当か? 薬草の知識があるアオが探してくれるなら、心強い」
「見つけたら、すぐに連絡するよ」
そう言ってアオ君はカサンドラたちの元へ戻り、魔石トースターの使い方を教えてくれた。
使い方は簡単だった。魔石のカゴから赤く光る「火の魔石」をトングで取り出し、トースターの「魔石置きボタン」を押すだけ。
魔石が温まり、じわりとパンを熱してくれる。魔石を多く入れれば、外はカリッと香ばしく、中はふわふわに。
「ドラ、シュシュ。パンが焼き上がったぞ」
「ありがとう。いい香り……」
「ありがとうございます」
焼きたてのパンは、外はサクサク、中はふわふわで湯気を立てていた。家では一日食べる分しか焼かないため、時間が経つと固くなってしまうけれど。この魔石トースターがあれば、いつでも焼きたてが味わえる。
(次に来たときは、このトースター、買うしかないわね)
「ドラお嬢様、サクサクで、とっても美味しいです」
パンを頬張るシュシュは、今とても幸せそうな顔をしていた。
それを見て、カサンドラの記憶が蘇る。あの最後の日――牢屋越しにシュシュと二人、乾ききった、味気ない固いパンを分け合ったこと。
あれは食事というより、生き延びるための義務だった。美味しさも、温かさも、何もなかった。
でも今、目の前のシュシュは幸せそうに笑っている。
「本当に……サクサクで、美味しいわ」
あの味を、あの時の記憶を、カサンドラは決して忘れない。
そして、もう二度と――
あんなパンを、シュシュには食べさせたくない。