(私はもう、繰り返さないと決めたの)
カサンドラはパンを紙に包んでもらい、代金を支払った。日が暮れ始めていたので、スズに「また明日来る」と約束してから、国境を越えて、カサンドラ達は別荘へ戻っていた。
御者席のアオ君は手綱を握ったまま、荷台でパンを食べる、カサンドラとシュシュに声をかける。
「ドラ、シュシュ……悪いんだけど、明日もさ……」
どこか言いにくそうに、口ごもりながら続けた。
「わかってるわ。明日も荷馬車が必要よね。でも、これから冒険や遠出も増えるだろうし……もういっそ、荷馬車を買ってしまったほうがいいかもしれないわね」
「いいですね、ドラお嬢様。では明日のお弁当はどういたします?」
「買ったパンもあるし、鶏肉と卵、それから野菜でサンドイッチがいいわ。今日はもう疲れたから、夕飯はパンで済ませましょう。キッシュは、明日か時間がある時に焼いて」
「かしこまりました、お嬢様」
(ふふ、アオ君ったら、私たちの会話を聞いて、御者席で“ぽかーん”としちゃってる)
「アオ君、前を見てて」
「お、おう……ドラ、シュシュ、ありがとうな」
「お礼なんていいわ。今日から私たちは、冒険者パーティーになったんですもの。仲間が困っていたら、助けるのは当然よ」
(私は一度仲間と決めたら、とことん甘やかす。そしてその仲間が夢を見つけて旅立つなら、全力で応援したい)
「冒険者パーティーか。……よろしくな」
「ええ。私かシュシュが困ったら、ちゃんと助けてね」
「ああ、何度でも助けるさ」
「アオ君、頼りにしてるわよ」
仲良くパンをかじりながら、仲良く別荘へと戻った。荷馬車から降りて、玄関へ向かおうとしたとき、アオ君が急に足を止めた。
「ドラ、シュシュ……止まれ。この屋敷、誰かいる」
「え? 誰かって……ほんとに?」
カサンドラより一歩前に出たアオ君が、真剣な面持ちで、コクリと頷いた。
「うそ……。お母様からは、ここは長年放置されていて、誰も使っていないって聞いてたのに……。まさか、泥棒?」
――でも、この別荘に盗まれるような高価な物はないはず。
「足音を立てないよう、静かに進もう」
「わかったわ」
「承知しました」
ナイフを構えたアオ君に守られながら、カサンドラたちは、玄関ホールまで慎重に進んだ。だが、中は荒らされた様子もなく、飾られた絵画も壺も無事なまま。
――コツ、コツ
奥の廊下からランタンの明かりが差し込み、足音がこちらに近づいてくる。
(ひっ……アオ君の言ったとおり、本当に誰かいる……まさか幽霊? 私、そういうの苦手なのよ……)
恐怖に駆られたカサンドラは、思わずアオ君の背中にしがみつき、隣にいるシュシュの手をぎゅっと握った。その震えが二人にも伝わったのか――
「ドラ、大丈夫だ。オレが守る」
「微力ながら、私もお嬢様をお守りいたします」
「ありがとう、アオ君、シュシュ……」
頼もしい二人だと、心から思った。
足音が止まり、ランタンを手にした影がエントランスに姿を現す。アオ君が身構え、低く鋭い声を放つ。
「……お前は誰だ?」
その声にも、現れた人物は動じなかった。
「誰って……わたしのことかい? この別荘の持ち主さ」
「はぁ? おまえの別荘だと?」
「違います。この別荘は、数年前から空き家と聞いています。今はドラお嬢様が、奥様から正式に譲り受けたものです」
「空き家? ドラお嬢様……ああ、カサンドラのことかい。カサンドラはわたしの孫さ」
――孫の、カサンドラ?
「……どうして、ドラお嬢様の名前を知っているんです?」
その誰かの声に、カサンドラの記憶がふいに、揺さぶられた。
(……うそ。そんなはず、ない)
十年ほど前。公爵家を訪ねてきた、母方の祖母の声だ。優しくて、でもどこか芯のあるあの声……。
だけど、お祖母様はもう何年も前に亡くなったと、カサンドラはお母様から聞いていた。